小説について
2008年04月02日 / ひとりごと
小説という表現は、文字の羅列に過ぎないので、読者の「記憶」から脳内で映像を再現して味わう
実は、これが一番リアルなのだ …だから小説というのは、かなり高度な表現手段で決して侮れない
ところが出版界は、「権威主義」と「下品な読み物」の両極端でブラブラして、真の作家を育てていない
芥川賞なんかは話題性だけが先行し、若くてキレイな人や、バックボーンが面白い人を選んでいる
ぼくはこれを、とても残念に思っている …小説は、世界を変えるツールになりうると思っているから
中でも一番残念なのは、日本に哲学的な世界観を描ききる作家がいないことだ
村上春樹なんかはいつかやってくれると期待してるけど、期待してからかなりの時が過ぎた…

そういう観点でいうと、個人的には「神の子どもたちはみな踊る」が彼の最高傑作ということになるが
そんな難しい話は抜きにして、今日はぼくが好きな小説を、2つ紹介したいと思います

ひとつは桐野夏生の「OUT」で、1997年の作品だけど、最近アメリカのエドガー賞の候補にもなった
ドラマや映画化され、ハリウッドでの映画化も決まったけど、絶対に小説でしか表現できない世界なのだ
「OUT」は本当に、度肝を抜かれるくらいおもしろかった …ぼくのベスト作品である
さすがに女性作家が書いたものなので、女性の心理描写がリアル過ぎるし、ストーリーも完璧だと思う
話は弁当工場で働く主婦たちが、パート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てるところで始まる
もともと胸の内に不安と失望を抱えていた彼女たちが、決定的に社会を「OUT」した瞬間である
追われながら出口を探し、各々が交わり合いつつ生きていくストーリーで、読者を引きつけて離さない
結末は賛否両論あるらしいが、ぼくにはこれがベストであるように思われる …とにかくオススメである

もうひとつは、重松清の「半パン・デイズ」で、小学生の6年間を描いた短篇集である
彼は小学生時代の記憶が、おそろしく鮮明なのだろう …その心理描写は、あまりにもリアル過ぎる

読者は、自分の記憶というものを捻じ曲げていることを、思い知らされるだろう
子供時代というのは、記憶ほどには美しいだけの時代ではなく、自分では何も選べない中での葛藤だ
確かなものなど何もなく、大人たちが作った社会に閉じ込められながら、それでも精一杯生きてる時代
もしかしたら人生で最も理不尽な時代なのかもしれないけれど、その輝きが失われることは決してない
泣けてきたり、センチメンタルになったり、ほほ笑んだり、確実にあの頃にタイムスリップできるはずだ
両作品ともに、おそらくどこの図書館にも置いてるはずだし、すでに文庫本になってるから買ってもヨシ
てなわけで今日は、飴玉先生の読書案内でしたあ …みなさんのオススメ本も、ぜひとも教えてね

実は、これが一番リアルなのだ …だから小説というのは、かなり高度な表現手段で決して侮れない

ところが出版界は、「権威主義」と「下品な読み物」の両極端でブラブラして、真の作家を育てていない

芥川賞なんかは話題性だけが先行し、若くてキレイな人や、バックボーンが面白い人を選んでいる

ぼくはこれを、とても残念に思っている …小説は、世界を変えるツールになりうると思っているから

中でも一番残念なのは、日本に哲学的な世界観を描ききる作家がいないことだ

村上春樹なんかはいつかやってくれると期待してるけど、期待してからかなりの時が過ぎた…


そういう観点でいうと、個人的には「神の子どもたちはみな踊る」が彼の最高傑作ということになるが

そんな難しい話は抜きにして、今日はぼくが好きな小説を、2つ紹介したいと思います


ひとつは桐野夏生の「OUT」で、1997年の作品だけど、最近アメリカのエドガー賞の候補にもなった

ドラマや映画化され、ハリウッドでの映画化も決まったけど、絶対に小説でしか表現できない世界なのだ

「OUT」は本当に、度肝を抜かれるくらいおもしろかった …ぼくのベスト作品である

さすがに女性作家が書いたものなので、女性の心理描写がリアル過ぎるし、ストーリーも完璧だと思う

話は弁当工場で働く主婦たちが、パート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てるところで始まる

もともと胸の内に不安と失望を抱えていた彼女たちが、決定的に社会を「OUT」した瞬間である

追われながら出口を探し、各々が交わり合いつつ生きていくストーリーで、読者を引きつけて離さない

結末は賛否両論あるらしいが、ぼくにはこれがベストであるように思われる …とにかくオススメである


もうひとつは、重松清の「半パン・デイズ」で、小学生の6年間を描いた短篇集である

彼は小学生時代の記憶が、おそろしく鮮明なのだろう …その心理描写は、あまりにもリアル過ぎる


読者は、自分の記憶というものを捻じ曲げていることを、思い知らされるだろう

子供時代というのは、記憶ほどには美しいだけの時代ではなく、自分では何も選べない中での葛藤だ

確かなものなど何もなく、大人たちが作った社会に閉じ込められながら、それでも精一杯生きてる時代

もしかしたら人生で最も理不尽な時代なのかもしれないけれど、その輝きが失われることは決してない

泣けてきたり、センチメンタルになったり、ほほ笑んだり、確実にあの頃にタイムスリップできるはずだ

両作品ともに、おそらくどこの図書館にも置いてるはずだし、すでに文庫本になってるから買ってもヨシ

てなわけで今日は、飴玉先生の読書案内でしたあ …みなさんのオススメ本も、ぜひとも教えてね
好きです
2008年03月31日 / ひとりごと

え~っ、本日は飴玉先生による国語の授業を行います、ウォッホン
…コラそこぉ、私語は慎むように
まったく、このバカチンが…それではまず、こちらの短い文章(古い日本映画の一場面)を読んでみてね

********************************************
第二次世界大戦末期の日本、国内では米軍航空機による爆撃が始まり、戦火が広がっていた
とある病院では、いよいよ危険が迫っていることを受けて、医師による看護婦への避難命令が出された
ところが一人の看護婦が、現場に残る医師に向かって、どうしても持ち場を離れたくないと言う
理由を尋ねると、その看護婦はしばらく沈黙した後、医師の方を見ないで、「好きです」とひとことつぶやく
********************************************
さて、この映画が英語圏で上映されると、最後の場面の字幕スーパーは、当然「I love you.」となった

だけど飴玉先生にはどうにも違和感がある …「好きです」は「私はあなたが好きです」ということなのか

そりゃあ意味論的にはそうだろうよ、だけど、だけど、何かが違う、きっと

何かとても大切なものが、ないがしろにされてる気がする …これがうまく言語化できないわけだけど

主体(私)と客体(あなた)という分節化によって失われるものが、確実に、ある

看護婦の心を満たした思いが、そのままの形で表現された、「ふくらみ」っていうか …わかるかなあ

えっ、何言ってるかわかんないって …あ、そう …やっぱりそうなっちゃうんだ …うん

それ…では…こ…これ…で…飴玉…先生…の…授業…を…終わ…り…ま…す…
谷川俊太郎質問箱⑤
2008年03月28日 / ひとりごと

はいっ、こちら、最近ウグイスのさえずりが頻繁に聞かれる、スプリング沖永良部島です、ホーホケキョ

ところで予告した、恒例の谷川俊太郎質問箱の春休み編の連載が、ほぼ日刊イトイ新聞で始まりました

前回の質問の飴玉解説で「偽善」について軽く触れましたが、今回はもう一歩踏み込みます

前回記事参照
http://candyball.ti-da.net/e1941109.htmlそれでは、なにはともあれ今日の質問にいってみよ~

質問 : 私は、学校の友達によく「やさしいね」って言われます。
でも、困っている人がいて手伝おうとか、みんながやりたがらない仕事をやろうとか思うときに、
心のどこかで「これをしたらみんながやさしい人だ、って思ってくれるかな」と考えてしまいます。
ときには心のどこかじゃなくて、それを目的にしてることもあります。
人を手伝ったり、仕事をしたりして、「ありがとう」って言ってもらえるとすごくうれしいし、
役に立てたと思うと「やってよかった」とも思います。
純粋にそれだけを思うときもあるし、計算しているときもあります。
一度計算してしまうと、どれだけそう考えないようにしてもその考えが心の中から消えません。
私は「偽善者」というものがよくわかりません。
だけど、自分はなりたくないと思います。
「偽善者」ってどういう人のことを言うんだと、谷川さんは思われますか?
(せっけん 15歳)
谷川俊太郎さんの答え
あなたがここに書いてきた繊細な心理にまったく共感しない人、それが偽善者です。
人は誰でも多かれ少なかれ、どこかで偽善者になってしまうものだと、ぼくは考えています。
偽善をごまかさずに見つめた上で、人のためになることをすればいいのではないでしょうか。
大切なのは行動ですから。
他人のためになにかすることが、そのまま自分のためになるのだということが心底腑に落ちて、
自分と他人の区別が気にならなくなると、偽善はきっと消え去るんでしょうね。
当ブログの立場はそもそも、「善」「悪」という概念そのものを退けてきました

とはいえ、人間が社会を生きるうえで言語使用は避けられず、どこかで折り合いをつけるしかありません

哲学的な「世界」認識を「社会」を生きることに還元する…これが、このブログのもうひとつの趣旨です

特に谷川さんの答えの最後の一行については、是が非でも吟味してみる必要があると思います

消え去るのは、きっと「偽善」だけではないはずだと、ぼくは考えます

そういえば、「人と人の一体化」についての、書きかけの記事が最近あったなあ、なんて…
はる
2008年03月26日 / 日々の想い

はなをこえて
しろいくもが
くもをこえて
ふかいそらが
はなをこえ
くもをこえ
そらをこえ
わたしはいつまでものぼってゆける
はるのひととき
わたしはかみさまと
しずかなはなしをした
谷川俊太郎
ドラえもんを語る
2008年03月24日 / ひとりごと
日本アニメが世界を席巻してるけど、ドラえもんは欧米諸国で放映されないか、しても人気がないらしい

のび太の自立をドラえもんが阻害しているのを、欧米文化からは受け入れられないからだそうだ

この主張は一理あると思う …ドラえもんは、母子密着時代の母親そのものだといってよいと思う

泣けばだっこやおっぱいを与えてくれる至福の時代を、小学生ののび太が反復しているという意味で

話は変わるけど、ぼくが子供の頃、家にはドラえもんの単行本第6巻だけが、なぜかあった

表紙もなく、醤油の跡がいっぱい付いてて、それでもぼくは数えきれないくらい読み返したものだ

その6巻の最後の話が写真の「さようなら、ドラえもん」で、ぼくはこれが最終回だとずっと思い込んでた

だって、ドラえもんが未来の世界に帰ってしまうのだから …ちょっとストーリーを説明したい

********************************************
いつものようにジャイアンに追いかけられ、間一髪で自宅に逃げ帰るのび太
早速ドラえもんに、ジャイアンをやっつける道具を催促する
ところがドラえもんは、「一人でできないケンカならするな!」と、めずらしく怒鳴る
驚いたのび太が問いただすと、ドラえもんは「未来の世界へ帰らなければならなくなった」と告げる
パニックになり、泣きながらドラえもんにすがりつくのび太を、パパがたしなめる
「人に頼っていては、いつまで経っても一人前になれんぞ。男らしくあきらめろ」 …のび太は渋々納得する
心配になったドラえもんは、のび太に語りかける …「君のことが心配で心配で、本当は帰りたくない」
のび太は強がって答える …「バカにすんな!一人でちゃんとやれるよ。約束する」
ドラえもんが涙を見せまいとその場を立ち去ると、なんとそこに、ジャイアンが現れる!
のび太はジャイアンに言い放つ 「ケンカなら、ドラえもん抜きでやろう」 …のび太の戦いが始まる
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血液型と性格
2008年03月22日 / 日々の想い
血液型と性格の関連性というのは、心理学や統計学の学問分野からは、否定されている

なのでこれから書くことは、ぼくの個人的な思いなので、あまり深く考えずに読んでもらえたらいいな

ぼくの色眼鏡で見る限り、血液型と性格には関連アリだけど、一般に言われてるのとは微妙に違うかも

まず、ぼく自身はO型なんだけど、興味があることにはコダワるけど、掃除なんかは大の苦手である

性格的にはまあ、至って普通で、汎用性が高く、悪くいえば器用貧乏なタイプじゃないかと思っている

集団の中では割とハッキリと意見を言うので、ワガママと思われたり、煙たがられるのかもしれない

まあ、自分の血液型なので、あまり客観的に見られないかもしれないけど…

次にA型の人だけど、よく言われる神経質というより、何事もキッチリしたいんじゃないかなあ

個人的には、A型の人を車に乗せると、「まったくもう」なんて言いながら、片づけてくれるので助かる
~そんなこんなで、多少強引なところがあるO型と繊細なA型は、補い合っていいんじゃないかと思ってる

ただ、A型の人の中には自分を強く見せようとするタイプの人がいて、そういう人が目上の人だと困る

例えば男性でいえば、浜ちゃんや貴さんはA型、女性でいえば、浜崎あゆみや沢尻エリカとかかな

ナメられたくないって一方的に思ってて、威圧的なオーラを出してたり、命令形でしゃべりたがる

B型の人はよく変わり者扱いされてかわいそうだけど、ぼくの経験からするとやっぱり変わってる

正直なところ、苦手としている血液型であるが、反面ハマれば天才的な能力を持っている

例えば、松ちゃんやさんま、長嶋茂雄、イチロー、野茂なんかは、天才型かつB型である

しかし一般人レベルでいうと、浮世離れしている感は否めない…すまん

AB型は日本人の1割に過ぎず、ここで語れるほどの経験値がないので割愛する

ちなみにA型が4割、O型が3割、B型が2割という分布になってるので、日本人はA型が政権政党である

というわけで、みなさんの血液型と血液型論も、ぜひ聞かせてほしいなあ、なんて思います、はい
お笑いBIG3を語る②
2008年03月20日 / やさしい哲学
フロイトの精神分析によると、人間はエロス(生の欲動)とタナトス(死の欲動)を併せ持つと言われる

その表現のされ方は、男女で明確に分かれるが、リアルな「死」に対する衝動は男性に現れると考える

例えば男女ともに自殺を試みることは多いが、実際に死ぬのは男性の方がはるかに多い

誤解を恐れずにいえば、女性は生きるために、自ら不幸を招き寄せるという手段を選択することがある

自己に対するサド的な攻撃性(エロス)がリアルな死(男性)をもたらし、自己に対するマゾ的な死の衝動(タナトス)が逆に生(女性)をもたらすなど、その欲動は複雑に入り組んで表現される

つまり男は死んで生命以前に回帰しようという欲求が強く、女はひたすら生き延びようとする欲求が強い

北野武は典型的な男性型であり、明石家さんまは典型的な女性型であると思う

さんまの芸とは、哲学でいうところの、ジャック・デリダが提唱した「脱構築」という概念と非常に近い

脱構築とは、言語を固定化することを回避し続け、ずらし続けることで、「意味」を脱臼させることである

例えばさんまは、「セックス」を「えっち」、「離婚」を「バツイチ」と表現し、現在広く一般に定着させた

これによって、言葉の本来意味するところをずらし、その意味を変容させることに成功したのだ

哲学的な例をあげると、「自由」という概念は、現代において絶対的であるとされている

しかし、自由でいなければならないという不自由からは、逃れることができない

また、「意味」の反対語は「無意味」であるが、結局は「無意味」という「意味」でしかありえない

人間は言語体系の外に出られないのであれば、その業さえも「笑おう」とするのが、明石家さんまである

ジャック・デリダは、哲学者らしからぬ言い回しでこう語っている …「脱構築は正義である」と

このテーゼに従うなら当然、差別ネタは「笑い」に魂を売った者にとって、絶対的な正義となりうる

笑いの裏には「悲しみ」がある …笑いとは、「社会」をなんとかやり過ごそうとする、悲しき永久運動だ

明石家さんまもまた、北野武と同様、社会内にとどまり、世界へと脱皮できないでいる
お笑いBIG3を語る
2008年03月19日 / やさしい哲学
ぼくは個人的に、「笑い」と「哲学」というのは、かなり近接していると思っている

北野武は、ぼくがモノゴコロついた頃には存在していたし、少年期のぼくに絶大なる影響を与えたと思う

彼がやったことは、端的に言うなら、すべての価値の「破壊」である

そういえば漫才時代の有名なフレーズに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってのがあったっけ

「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」、「寝る前に、キチンと締めよう親の首」ってのもあったらしい

そんなこんなでPTAや先生や識者は、こぞって彼を目の敵にしていたが、人気が衰えることはなかった

そんな彼は1986年に「フライデー襲撃事件」を起こすも、半年の謹慎の後に復帰し、映画を撮り始める

テレビのバラエティ番組と並行して撮られたその映画は、暴力(死)と映像の美しさに満ち溢れていた

そして彼は、すべての価値を破壊しつくした先に残った、自己の破壊、つまり「死」に魅せられてゆく

中でも前作に続き沖縄で撮影された、映画4作目の「ソナチネ」(1993)は、彼の最高傑作だと思う

公開直後の1994年、「バイク事故」を起こす …この事故は限りなく「自殺」に近かったと思っている

本人は記憶がないと言っているが、事故現場の下り坂からブレーキ痕は見当たらなかったという


断じて、後の窪塚洋介の飛び降りとは違う …あれはきっと、本人が空を飛べると思い込んだだけだ

麻痺した顔面で記者会見に登場した北野武は、限りない衝撃を残し、芸人「ビートたけし」は、死んだ

北野武とは、過去記事で取り上げた哲学者ニーチェと同じ道を歩んだ人物だと、ぼくは思っている

限りない純粋さと孤独を背負って社会を破壊し、最終的には自己破壊に至るという道筋…

そういえばニーチェが、こんなことを言っていた

私は聖人にはなりたくない、ピエロの方がましだ……ひょっとすると私はピエロなのかもしれない……
だが、それにもかかわらず、いやむしろ「それだからこそ」
というのは聖人ほど嘘で固まったやつらはほかにいないのだから……私が語ることは真理なのだ。
しかし、私の真理は恐ろしい。
なぜなら、これまで真理と呼ばれてきたものは嘘だったからだ。
なりたい
2008年03月15日 / ひとりごと
先月のこと、以前に酷評した映画「恋空」が、とうとう沖永良部島にもやってきた
~さすがにブログで宣伝するのを控えたけど、涙が止まりませんでしたって小中学生はいたんだろうな

ちょっと危険なネタではあるけど、ラカン派精神分析の観点から、女性の恋愛を整理しておこうと思う

まず男性が何をしてくれるかとか、逆に男性に何をしてあげたいというのは、頭で考えたことに過ぎない

一般的な(個人差アリ)女性が男性に求めるものの中心に、「主体」を委ねるという要素が、確実にある

ここが言語化するのが難しいところで、例えば幼児は「ぼくはクジラになりたい」なんて言うよね
~これは「持つ」と「なる」の区別がついてない、つまり自他境界が未分化、もしくは曖昧なので起こる

似たことが女性にも起こっていて、「一体化したい」、よりラディカルに言うなら、「この人になりたい」のだ

当然、肉体が別々なので一体化は叶わないわけだけど、ドリカムの歌詞を借りるなら「あなたといるときの自分が一番好き」(決戦は金曜日)っていうのは、正に言い得て妙だと思う

ところで、その一体化願望を最も可視的に表現したものが、セックスなのは言うまでもない

だから好きじゃない人とのセックスは、女性の心に自分が「汚(さ)れた」という感情をもたらしてしまう

もちろん能動受動は問わないけど、レイプされた女性が自分を大切に思えなくなるのはそのためだ

結果、無意識下に影を落とし、その傷をなんとか克服しようと同じ状況を無自覚に作り出してしまう…

レイプされた女性は再びレイプされる確率が高まり、抜け出せないループに入り込んでしまうのだ

もちろん自ら奔放な恋愛を楽しむように見える女性も、心理的には同様のループに取り込まれている

しかも男性に対して自信が持てなくなり、自分に暴力を振るう男性を無意識に選んでしまったりする

こうなると一度男性を憎み倒し、自分で自分を許し愛すという過程を経なければ立ち直れないだろう

最近、沖縄で米兵と中学生の事件があったけど、こういう観点からみるとまた違う感覚があると思う

こういう記事を書くのはリスクが高いけれど、反感を覚える人にこそ必要な情報だと、ぼくは考える

ちなみに女性が最初に主体を委ねる男性が父親であることは、過去記事で述べたよね、たしか

その無意識下の記憶が、後の恋愛に強い影響を及ぼすということも、合わせて指摘しておきたい
恋の季節
2008年03月13日 / 日々の想い
一週間振りの更新です…生まれてスミマセン

天気予報では、昨日と今日は全国的に晴れ
だって言ってたけど、みなさんのところはいかがでしたか
こっちは暖かかったなあ…どんくらい暖かかったというと、久々の脱ぎたて靴下の匂い判定によりますと

…な、なんだとぉ、そ、それは報告ミスじゃないのかっ、そうか、間違いないというんだな、よしわかった

…22℃だと申しております、はい

ところで最近、野鳥がやたらとピーチクパーチク鳴いてるのが、飴玉イヤー(耳)に聞こえてまいります

その音色というのが、なんとなくだけど、いつもと違う気がするな …なんつ~か、そこはかとなく、甘い

もしかして君たち、恋してるんじゃないですかい
(独断と偏見)そういえば昨日なんて、トビだかタカだか知らないけど、青空をバックに2羽がグルグル飛んでたなあ

上昇気流に乗っちゃって、上空高く羽を広げたままで優雅に旋回してるのを、羨ましげに見てました


一羽の方がピーピー鳴いててね、飴玉アイ(目)には、オスが愛をささやいてる風にしか見えなかったヨ

いいなあ、うらやましいな、大空のデート …ぼくもしてみたいなあ、なんて、ポッ


そんなこんなでここ沖永良部島にも、ようやく春がやってきたみたいです
(完全なる独断と偏見)そんでもってこの話、全くオチがありませんけど、何か問題でも
…しかもすべて妄想の可能性アリ
詩集「女に」より②
2008年03月06日 / ひとりごと
誕生
そのときも風が木々を渡ってきた
高利貸しは指に唾つけて紙幣を数えていた
動物園でセイウチが吠えていた
そのときも世界は得体の知れぬものだった
あなたが暗くなまぐさい産道を
よじれながら光のほうへ進んできたとき
こぶし
なんだったの?
ちいさなちいさなこぶしの中に
固く握りしめていたものは
決してなくすまいとしていたものは
それをあなたは投げつける
まっすぐ私に向かって いまも
なめる
見るだけでは嗅ぐだけでは
聞くだけではさわるだけでは足りない
なめてあなたは愛する
たとえば一本の折れ曲がった古釘が
この世にあることの秘密を
谷川俊太郎 1991
詩集「女に」より
2008年03月04日 / ひとりごと
ここ
どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかになっていく
……
砂に血を吸うにまかせ
死んでゆく兵士たちがいて
ここでこうして私たちは抱きあう
たとえ今めくるめく光に灼かれ
一瞬にして白骨になろうとも悔いはない
正義からこんなに遠く私たちは愛しあう
唇
笑いながら出来るなんて知らなかった
とあなたは言う
唇はとても忙しい
乳房と腿のあいだを行ったり来たり
その合間に言葉を発したりもするのだから
谷川俊太郎 1991
海に行った
2008年03月02日 / 日々の想い
今日は、本当に久しぶりに、「完全無欠」の晴れだった
週末に晴れたのは何か月ぶりかな、ちょっと記憶にないくらい
車の窓を全開にして、吸い寄せられるように海に行った
トレーナー1枚とジーンズで、ちょうどいいくらいの気温だった
砂浜に座って目を閉じると、おだやかな波と風の音が聞こえる
まぶたの裏が陽射しに透けて、黄色く見える
ゆっくりと呼吸すると、潮の香りが鼻を通ってゆく
トレーナーから日向の匂いがする
どれくらいの時間だったろう、目を開くと、驚くほど世界がクリアになった
さっきまで、少し曇ったメガネをかけてたみたいだったと、気づいた
「青空と太陽と海」 …これにかなうものを、ぼくは知らない
明日からまた忙しくなるんだろうけど、そんなことはどうでもよくなった
フローティングシェル
2008年02月29日 / やさしい哲学
今日は2月29日、4年に1回の幻のような日なので、ちょっと普段書かないようなことを書きますね

先日、宇宙飛行士が体験した「宇宙との一体感」の記事を書きましたが、みなさん憶えていますか

でもぼくたちは地球という「重力下」に住んでいるわけで、実際に宇宙空間へ行くってことは難しいです…

ところでこのブログでは、宇宙との一体感を阻む「壁」として、まずは「言語」があり、最終的には「肉体」があるということを、繰り返し伝えてきました

さて、写真の箱は「フローティングシェル」と言いまして、中には深さ25センチの、素っ裸で横たわると人体が浮かぶように調整された液体が入っています

水温も人体と同じ温度に調整されていて、フタを閉じると完全に真っ暗になり、一切の音を遮断します

ここに人間が入ると、いわゆる五感の感覚遮断状態になり、自己の肉体の感覚が失われます

そのとき、肉体から解き放たれた精神は… という装置なのですが、正直ぼくはあまり語りたくない

なぜなら人類はまだ、このような装置を扱えるとは、とても思えないからです

この結果得られた精神状態を「解釈」しようとすれば、人は簡単にスピリチュアル的なものに流されます

ハッキリと記しますが、宇宙との一体感を、言語で「再」解釈することは不可能だと、ぼくは思います

極論すれば、そんなものは死ねばわかるのであって、言語に差し戻すことは無意味だと思うのです

またこのような状態は、被暗示性が高まり、簡単にいうと「洗脳」されやすい精神状態になっています

実際、地下鉄事件を起こした某団体は、このような装置とLSDという薬物を用いていました

また、幻覚や幻聴、抑圧されていたトラウマに出会うなど、精神に異常をきたす可能性もあるでしょう

そして、幻覚や幻聴を、「神」などと呼び始める人も、必ず出てくると思われます

人間の脳は、ある状態に置かれると、幻覚や幻聴を経験するようにできているだけのことです

それにとらわれて、微少な情報処理装置である、言語で再解釈すれば、カルト宗教の出来上がりです

とここまでは脅すようなことを書きましたが、使いようによっては有用なのは、確かに事実でしょう

さて、ここでぼくがオススメしたいのが、真っ暗にしたお風呂で、ゆったりと湯船につかるという方法です

なんといってもこれならタダだし安全で、しかもかなりのリラクゼーション効果を得られることでしょう

同時に、トイレでいいアイディアが浮かぶのと似た感覚も得られる、という特典がつきます

フローティングシェルの環境は、いわば子宮内の赤ちゃんに近い状態だと思われます

そういえば小さい頃、悲しいことがあると布団の中に頭から潜って、不思議と落ち着いた記憶があります

そんなこんなで、ちょっと今日は、特別な記事を書いてみましたあ
密室ミステリー③
2008年02月26日 / 日々の想い
ついに昨晩、ヒトマルサンマル時、キッチンから「ガシャン」という音が鳴り響いたっ

ぼくは捜査本部で見ていたテレビを消し、すぐさま現場へ急行、やはりそこには宿命のライバルがいた

とりあえず、流し台から逃げないようにネズミの進行方向を塞いで、牽制しながら様子を見る

どうやるかというと、幼稚園児の「キラキラ星」の手の振り付けを、ネズミの目の前で実行するのである

ネズミは想定外の手の動きに右往左往するばかり
…しかし、予想以上にネズミの動きが速い
ぼくはおもむろに、そのへんにあったサイバシを手に取り、臨戦態勢に入った

血みどろの死闘を予感し、武者震いを覚える飴玉(ほろ酔い加減)であった…

そして今ここに、人類の存亡を賭けた、飴玉VSネズミの最終決戦の幕が開けるっ

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密室ミステリー②
2008年02月24日 / 日々の想い
はいっ、平日の午後3時になると、なぜか突如としてラジオ体操第一のミュージックが、島内全域に高らかに響き渡る、「それどうなのよ」沖永良部島よりお届けします

でも体操してる人は見当たらず、反応した犬の遠吠えだけが空しくコダマするのでしたあ、チャンチャン

ところで昨年12月、謎の「瞬間移動」で度肝を抜かれた、ネズミ捕獲作戦の失敗を憶えているだろうか

[参照]
http://candyball.ti-da.net/e1873191.htmlあれから2か月、全く大きくならず元気に暴れ回る子ネズミ達の、食糧補給路が発見されたのである


写真の流し台にある排水口にたまった、野菜などの切り屑を食べている姿を、昨晩深夜に目撃したのだ

しかもそれだけでなく、彼らは流し台から脱出するときに滑ってしまい、少し手間取ることも判明した


ぼくが発見したときは、ビックリして「いっぱいいっぱい」になり取り逃がしたが、ある作戦を発案した


それがこの写真の、流し台×ネズミ捕り×特売トリムネ肉の、新たな「スペシャル・トリオ」誕生なのだ

早速、ミッションの概要を説明しよう

彼らが流し台から脱出するときが捕獲の最大のチャンスなのだが、問題はいつ現れるかが不明なことだ

そこであえて、役に立たないネズミ捕りを流し台に設置する

そうすれば、ネズミは特売トリムネ肉を食べて、前回同様、小さな体でネズミ捕りをすり抜けるだろう


しかしその時、ネズミ捕りの扉が閉まる「ガシャン」という音が鳴り響く

ぼくがその音を聞き、流し台に向かえば、まだネズミは流し台の中にいるはずなのだ、計算上は…


そこを狙って、迅速に捕獲行動に入る…正に、「一網打尽」とはこのことである

完璧だ…恐ろしいほどに完璧な作戦だ…今晩、マルキュウマルマル時、本作戦は決行される

幸運を祈る
宇宙から見た地球
2008年02月22日 / やさしい哲学
先日NHKスペシャルで「ウェイクアップコール~宇宙飛行士が見つめた地球~」って番組が放送された

宇宙飛行士が聴いていた音楽とインタビュー、そして宇宙の映像で構成されたドキュメンタリー

これが予想以上に素晴らしくてね~、見てない人は再放送があったらぜひ見てほしいなあ、と思う

ちょっとインタビューの内容を書いてみるので、雰囲気だけでも感じてもらえれば、いいかな、うん

人間にとって重要なのは、自分が何の一部なのかを理解することです
あの日、宇宙から見たものが、とても大切に思えました
私はあの日感じたことを、誰かと共有したいと思いました
宇宙がどれほど広大で奥深く、そして私達の地球がどれほど貴重なのか
宇宙から、地球の様々な姿を見つめることができた
私は深く感謝したのです
宇宙から地球の姿を見つめるのは、とても大切なことです
驚きと美しさに満ちた地球
いつかあなたにも、宇宙から地球を見る機会が訪れますように
すべてへの畏怖と共に、ここにいる幸運に
…宇宙にて フランク・カルバートソン(ディスカバリー)
彼らがスペースシャトルの中で聴いてた曲っていうのも、なかなかよくてね

ルイス・アームストロングの「What A Wonderful World」とか、ジョン・レノンの「Imagine」とかね

そんでもって今度は、宇宙飛行士が地球に帰還する前日に、奥さんに送ったメールなんだけどね

この日僕は、はじめて宇宙を実感した
僕は生まれ変わったような気がする
とても素晴らしかった
自分を宇宙の一部と感じたんだ
星々と共に、僕も3次元の世界を漂っている
宇宙は果てしなく、深く、銀河は星くずのようだ
正に驚きの世界だ
愛している
明日は会えるね
イーラン・ラモン 16日目 コロンビアにて(翌日、着陸直前にシャトル爆発、死亡)
Ⅰ
果実と質問箱
2008年02月17日 / 日々の想い
以前に好評を頂きました「谷川俊太郎質問箱」ですが、元々は「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載コーナーだったってことは、すでにお伝えしましたよね

ところで、春休みに連載するための質問を、2月29日(金)の午前11時まで、募集しているそうです

もし採用されれば、天才詩人・谷川俊太郎さんが質問に答えてくれて、再び書籍化される予定です

ぼくも応募してみようと思いますが、よかったらみなさんもいかがですか

下記に応募方法が書かれてますし、過去の質問箱も読めますよ~

こちらからどうぞ
http://www.1101.com/shitsumonbako/index.htmlちなみに、この企画に対する谷川さんのコメントです

流通している決まり文句で、答えを導き出したくなることって、あるでしょ。
ぼくはそこに、ちょっと逆らってみたくもあってさ、だから、こんな答えになったのかもしれない。
詩人の目の世界の見せ方というのが、もしかしたらあるのかもしれないね。
人間の居かたって、socialとcosmic、つまり、社会的存在としての人間と、
宇宙的な存在としての人間ってのがあると思うし……。
このコメントは、当ブログでのぼくのスタンスと全く同じなので、掲載してきてよかったなあと思いました

そんでもって、なんとな~く、やさしく背中を押してくれるような、ね…

さてさて問題の焼きミカン事件ですが、本日、ミゾ掃除のお礼のタンカンで再びチャレンジを決行しました

「続きを読む」から緊迫のリポートをお届けいたしますっ
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DESTINY (BY 松任谷由美)
2008年02月14日 / 日々の想い
今日の3時から4時くらい、年に一回見られるかどうかってくらいの、完璧過ぎるアーチ型の虹が出たっ

どうしてな、のぉ~
きょおにかぎってぇ~
デージーカーメーをーわーすーれーてーきてぇたぁ~
はいっ、一日数度は一人気ままに散歩するワンコを見かける、「フリーダム沖永良部」よりお送りします

ワンコにバッタリ出くわすと、ウザそうにぼくの膝の上に乗り、口をペロペロなめて足早に去っていきます

ところで先日、ミカンを収穫した帰り道、近所のお年寄りが数人、集まっていたので軽く挨拶しました

するとみなさん、なぜかぼくを見て「ニヤリ」としたので、なんだかイヤな予感がしました

近頃、島では収穫時期を迎え、サトウキビを満載したトラックが、盛んに製糖工場に出入りしてます


ジャガイモの収穫時期にも重なって、農家のみなさんは活気づいてるみたいです

そのせいかは知りませんが、畑の土が側溝に流れ込み、詰まって困っちゃったというお話でした

そして、片隅にはすでにスコップが置いてある…なのに、誰もぼくになんとかしろとは言わない…

ぼくが何の気なしにスコップを手にした瞬間、お年寄りたちは間髪入れず無言で家に帰っていきました

…まあそんなわけで、せっかくの「さわやかホリデー」に、ぼくはミゾ掃除をするハメになったわけです

ブツブツ言いながら土を上げていたところ、気がつくと野鳥が数羽、ぼくの周りに集まってきていました

しかも全然逃げる気配がない…おおっ、鳥たちよ、そんなにぼくを愛してくれるのか…鳥さん、ありがとう

動物を愛する気持ちって、野生動物にも伝わるんだなあ…などと、一人しんみりしていました

もしかして「二代目ムツゴロウ」襲名の日も近いかも…な~んて、ぼくはすっかり上機嫌だったわけです

晴れやかな気持ちで土を掘り起こし、満面の笑みでミゾ掃除を続けていると…

きょお、わかぁったあ~
トリのもくてきぃ~
つーちーにーかーくーれーてーいーたーミミ~ズー
おあとがよろしいようで…それではまたお会いしましょう


