好きです
2008年03月31日/ ひとりごと

え~っ、本日は飴玉先生による国語の授業を行います、ウォッホン
…コラそこぉ、私語は慎むように
まったく、このバカチンが…それではまず、こちらの短い文章(古い日本映画の一場面)を読んでみてね

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第二次世界大戦末期の日本、国内では米軍航空機による爆撃が始まり、戦火が広がっていた
とある病院では、いよいよ危険が迫っていることを受けて、医師による看護婦への避難命令が出された
ところが一人の看護婦が、現場に残る医師に向かって、どうしても持ち場を離れたくないと言う
理由を尋ねると、その看護婦はしばらく沈黙した後、医師の方を見ないで、「好きです」とひとことつぶやく
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さて、この映画が英語圏で上映されると、最後の場面の字幕スーパーは、当然「I love you.」となった

だけど飴玉先生にはどうにも違和感がある …「好きです」は「私はあなたが好きです」ということなのか

そりゃあ意味論的にはそうだろうよ、だけど、だけど、何かが違う、きっと

何かとても大切なものが、ないがしろにされてる気がする …これがうまく言語化できないわけだけど

主体(私)と客体(あなた)という分節化によって失われるものが、確実に、ある

看護婦の心を満たした思いが、そのままの形で表現された、「ふくらみ」っていうか …わかるかなあ

えっ、何言ってるかわかんないって …あ、そう …やっぱりそうなっちゃうんだ …うん

それ…では…こ…これ…で…飴玉…先生…の…授業…を…終わ…り…ま…す…
谷川俊太郎質問箱⑤
2008年03月28日/ ひとりごと

はいっ、こちら、最近ウグイスのさえずりが頻繁に聞かれる、スプリング沖永良部島です、ホーホケキョ

ところで予告した、恒例の谷川俊太郎質問箱の春休み編の連載が、ほぼ日刊イトイ新聞で始まりました

前回の質問の飴玉解説で「偽善」について軽く触れましたが、今回はもう一歩踏み込みます

前回記事参照
http://candyball.ti-da.net/e1941109.htmlそれでは、なにはともあれ今日の質問にいってみよ~

質問 : 私は、学校の友達によく「やさしいね」って言われます。
でも、困っている人がいて手伝おうとか、みんながやりたがらない仕事をやろうとか思うときに、
心のどこかで「これをしたらみんながやさしい人だ、って思ってくれるかな」と考えてしまいます。
ときには心のどこかじゃなくて、それを目的にしてることもあります。
人を手伝ったり、仕事をしたりして、「ありがとう」って言ってもらえるとすごくうれしいし、
役に立てたと思うと「やってよかった」とも思います。
純粋にそれだけを思うときもあるし、計算しているときもあります。
一度計算してしまうと、どれだけそう考えないようにしてもその考えが心の中から消えません。
私は「偽善者」というものがよくわかりません。
だけど、自分はなりたくないと思います。
「偽善者」ってどういう人のことを言うんだと、谷川さんは思われますか?
(せっけん 15歳)
谷川俊太郎さんの答え
あなたがここに書いてきた繊細な心理にまったく共感しない人、それが偽善者です。
人は誰でも多かれ少なかれ、どこかで偽善者になってしまうものだと、ぼくは考えています。
偽善をごまかさずに見つめた上で、人のためになることをすればいいのではないでしょうか。
大切なのは行動ですから。
他人のためになにかすることが、そのまま自分のためになるのだということが心底腑に落ちて、
自分と他人の区別が気にならなくなると、偽善はきっと消え去るんでしょうね。
当ブログの立場はそもそも、「善」「悪」という概念そのものを退けてきました

とはいえ、人間が社会を生きるうえで言語使用は避けられず、どこかで折り合いをつけるしかありません

哲学的な「世界」認識を「社会」を生きることに還元する…これが、このブログのもうひとつの趣旨です

特に谷川さんの答えの最後の一行については、是が非でも吟味してみる必要があると思います

消え去るのは、きっと「偽善」だけではないはずだと、ぼくは考えます

そういえば、「人と人の一体化」についての、書きかけの記事が最近あったなあ、なんて…
はる
2008年03月26日/ 日々の想い

はなをこえて
しろいくもが
くもをこえて
ふかいそらが
はなをこえ
くもをこえ
そらをこえ
わたしはいつまでものぼってゆける
はるのひととき
わたしはかみさまと
しずかなはなしをした
谷川俊太郎
ドラえもんを語る
2008年03月24日/ ひとりごと
日本アニメが世界を席巻してるけど、ドラえもんは欧米諸国で放映されないか、しても人気がないらしい

のび太の自立をドラえもんが阻害しているのを、欧米文化からは受け入れられないからだそうだ

この主張は一理あると思う …ドラえもんは、母子密着時代の母親そのものだといってよいと思う

泣けばだっこやおっぱいを与えてくれる至福の時代を、小学生ののび太が反復しているという意味で

話は変わるけど、ぼくが子供の頃、家にはドラえもんの単行本第6巻だけが、なぜかあった

表紙もなく、醤油の跡がいっぱい付いてて、それでもぼくは数えきれないくらい読み返したものだ

その6巻の最後の話が写真の「さようなら、ドラえもん」で、ぼくはこれが最終回だとずっと思い込んでた

だって、ドラえもんが未来の世界に帰ってしまうのだから …ちょっとストーリーを説明したい

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いつものようにジャイアンに追いかけられ、間一髪で自宅に逃げ帰るのび太
早速ドラえもんに、ジャイアンをやっつける道具を催促する
ところがドラえもんは、「一人でできないケンカならするな!」と、めずらしく怒鳴る
驚いたのび太が問いただすと、ドラえもんは「未来の世界へ帰らなければならなくなった」と告げる
パニックになり、泣きながらドラえもんにすがりつくのび太を、パパがたしなめる
「人に頼っていては、いつまで経っても一人前になれんぞ。男らしくあきらめろ」 …のび太は渋々納得する
心配になったドラえもんは、のび太に語りかける …「君のことが心配で心配で、本当は帰りたくない」
のび太は強がって答える …「バカにすんな!一人でちゃんとやれるよ。約束する」
ドラえもんが涙を見せまいとその場を立ち去ると、なんとそこに、ジャイアンが現れる!
のび太はジャイアンに言い放つ 「ケンカなら、ドラえもん抜きでやろう」 …のび太の戦いが始まる
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血液型と性格
2008年03月22日/ 日々の想い
血液型と性格の関連性というのは、心理学や統計学の学問分野からは、否定されている

なのでこれから書くことは、ぼくの個人的な思いなので、あまり深く考えずに読んでもらえたらいいな

ぼくの色眼鏡で見る限り、血液型と性格には関連アリだけど、一般に言われてるのとは微妙に違うかも

まず、ぼく自身はO型なんだけど、興味があることにはコダワるけど、掃除なんかは大の苦手である

性格的にはまあ、至って普通で、汎用性が高く、悪くいえば器用貧乏なタイプじゃないかと思っている

集団の中では割とハッキリと意見を言うので、ワガママと思われたり、煙たがられるのかもしれない

まあ、自分の血液型なので、あまり客観的に見られないかもしれないけど…

次にA型の人だけど、よく言われる神経質というより、何事もキッチリしたいんじゃないかなあ

個人的には、A型の人を車に乗せると、「まったくもう」なんて言いながら、片づけてくれるので助かる
~そんなこんなで、多少強引なところがあるO型と繊細なA型は、補い合っていいんじゃないかと思ってる

ただ、A型の人の中には自分を強く見せようとするタイプの人がいて、そういう人が目上の人だと困る

例えば男性でいえば、浜ちゃんや貴さんはA型、女性でいえば、浜崎あゆみや沢尻エリカとかかな

ナメられたくないって一方的に思ってて、威圧的なオーラを出してたり、命令形でしゃべりたがる

B型の人はよく変わり者扱いされてかわいそうだけど、ぼくの経験からするとやっぱり変わってる

正直なところ、苦手としている血液型であるが、反面ハマれば天才的な能力を持っている

例えば、松ちゃんやさんま、長嶋茂雄、イチロー、野茂なんかは、天才型かつB型である

しかし一般人レベルでいうと、浮世離れしている感は否めない…すまん

AB型は日本人の1割に過ぎず、ここで語れるほどの経験値がないので割愛する

ちなみにA型が4割、O型が3割、B型が2割という分布になってるので、日本人はA型が政権政党である

というわけで、みなさんの血液型と血液型論も、ぜひ聞かせてほしいなあ、なんて思います、はい
お笑いBIG3を語る②
2008年03月20日/ やさしい哲学
フロイトの精神分析によると、人間はエロス(生の欲動)とタナトス(死の欲動)を併せ持つと言われる

その表現のされ方は、男女で明確に分かれるが、リアルな「死」に対する衝動は男性に現れると考える

例えば男女ともに自殺を試みることは多いが、実際に死ぬのは男性の方がはるかに多い

誤解を恐れずにいえば、女性は生きるために、自ら不幸を招き寄せるという手段を選択することがある

自己に対するサド的な攻撃性(エロス)がリアルな死(男性)をもたらし、自己に対するマゾ的な死の衝動(タナトス)が逆に生(女性)をもたらすなど、その欲動は複雑に入り組んで表現される

つまり男は死んで生命以前に回帰しようという欲求が強く、女はひたすら生き延びようとする欲求が強い

北野武は典型的な男性型であり、明石家さんまは典型的な女性型であると思う

さんまの芸とは、哲学でいうところの、ジャック・デリダが提唱した「脱構築」という概念と非常に近い

脱構築とは、言語を固定化することを回避し続け、ずらし続けることで、「意味」を脱臼させることである

例えばさんまは、「セックス」を「えっち」、「離婚」を「バツイチ」と表現し、現在広く一般に定着させた

これによって、言葉の本来意味するところをずらし、その意味を変容させることに成功したのだ

哲学的な例をあげると、「自由」という概念は、現代において絶対的であるとされている

しかし、自由でいなければならないという不自由からは、逃れることができない

また、「意味」の反対語は「無意味」であるが、結局は「無意味」という「意味」でしかありえない

人間は言語体系の外に出られないのであれば、その業さえも「笑おう」とするのが、明石家さんまである

ジャック・デリダは、哲学者らしからぬ言い回しでこう語っている …「脱構築は正義である」と

このテーゼに従うなら当然、差別ネタは「笑い」に魂を売った者にとって、絶対的な正義となりうる

笑いの裏には「悲しみ」がある …笑いとは、「社会」をなんとかやり過ごそうとする、悲しき永久運動だ

明石家さんまもまた、北野武と同様、社会内にとどまり、世界へと脱皮できないでいる
お笑いBIG3を語る
2008年03月19日/ やさしい哲学
ぼくは個人的に、「笑い」と「哲学」というのは、かなり近接していると思っている

北野武は、ぼくがモノゴコロついた頃には存在していたし、少年期のぼくに絶大なる影響を与えたと思う

彼がやったことは、端的に言うなら、すべての価値の「破壊」である

そういえば漫才時代の有名なフレーズに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってのがあったっけ

「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」、「寝る前に、キチンと締めよう親の首」ってのもあったらしい

そんなこんなでPTAや先生や識者は、こぞって彼を目の敵にしていたが、人気が衰えることはなかった

そんな彼は1986年に「フライデー襲撃事件」を起こすも、半年の謹慎の後に復帰し、映画を撮り始める

テレビのバラエティ番組と並行して撮られたその映画は、暴力(死)と映像の美しさに満ち溢れていた

そして彼は、すべての価値を破壊しつくした先に残った、自己の破壊、つまり「死」に魅せられてゆく

中でも前作に続き沖縄で撮影された、映画4作目の「ソナチネ」(1993)は、彼の最高傑作だと思う

公開直後の1994年、「バイク事故」を起こす …この事故は限りなく「自殺」に近かったと思っている

本人は記憶がないと言っているが、事故現場の下り坂からブレーキ痕は見当たらなかったという


断じて、後の窪塚洋介の飛び降りとは違う …あれはきっと、本人が空を飛べると思い込んだだけだ

麻痺した顔面で記者会見に登場した北野武は、限りない衝撃を残し、芸人「ビートたけし」は、死んだ

北野武とは、過去記事で取り上げた哲学者ニーチェと同じ道を歩んだ人物だと、ぼくは思っている

限りない純粋さと孤独を背負って社会を破壊し、最終的には自己破壊に至るという道筋…

そういえばニーチェが、こんなことを言っていた

私は聖人にはなりたくない、ピエロの方がましだ……ひょっとすると私はピエロなのかもしれない……
だが、それにもかかわらず、いやむしろ「それだからこそ」
というのは聖人ほど嘘で固まったやつらはほかにいないのだから……私が語ることは真理なのだ。
しかし、私の真理は恐ろしい。
なぜなら、これまで真理と呼ばれてきたものは嘘だったからだ。
なりたい
2008年03月15日/ ひとりごと
先月のこと、以前に酷評した映画「恋空」が、とうとう沖永良部島にもやってきた
~さすがにブログで宣伝するのを控えたけど、涙が止まりませんでしたって小中学生はいたんだろうな

ちょっと危険なネタではあるけど、ラカン派精神分析の観点から、女性の恋愛を整理しておこうと思う

まず男性が何をしてくれるかとか、逆に男性に何をしてあげたいというのは、頭で考えたことに過ぎない

一般的な(個人差アリ)女性が男性に求めるものの中心に、「主体」を委ねるという要素が、確実にある

ここが言語化するのが難しいところで、例えば幼児は「ぼくはクジラになりたい」なんて言うよね
~これは「持つ」と「なる」の区別がついてない、つまり自他境界が未分化、もしくは曖昧なので起こる

似たことが女性にも起こっていて、「一体化したい」、よりラディカルに言うなら、「この人になりたい」のだ

当然、肉体が別々なので一体化は叶わないわけだけど、ドリカムの歌詞を借りるなら「あなたといるときの自分が一番好き」(決戦は金曜日)っていうのは、正に言い得て妙だと思う

ところで、その一体化願望を最も可視的に表現したものが、セックスなのは言うまでもない

だから好きじゃない人とのセックスは、女性の心に自分が「汚(さ)れた」という感情をもたらしてしまう

もちろん能動受動は問わないけど、レイプされた女性が自分を大切に思えなくなるのはそのためだ

結果、無意識下に影を落とし、その傷をなんとか克服しようと同じ状況を無自覚に作り出してしまう…

レイプされた女性は再びレイプされる確率が高まり、抜け出せないループに入り込んでしまうのだ

もちろん自ら奔放な恋愛を楽しむように見える女性も、心理的には同様のループに取り込まれている

しかも男性に対して自信が持てなくなり、自分に暴力を振るう男性を無意識に選んでしまったりする

こうなると一度男性を憎み倒し、自分で自分を許し愛すという過程を経なければ立ち直れないだろう

最近、沖縄で米兵と中学生の事件があったけど、こういう観点からみるとまた違う感覚があると思う

こういう記事を書くのはリスクが高いけれど、反感を覚える人にこそ必要な情報だと、ぼくは考える

ちなみに女性が最初に主体を委ねる男性が父親であることは、過去記事で述べたよね、たしか

その無意識下の記憶が、後の恋愛に強い影響を及ぼすということも、合わせて指摘しておきたい
恋の季節
2008年03月13日/ 日々の想い
一週間振りの更新です…生まれてスミマセン

天気予報では、昨日と今日は全国的に晴れ
だって言ってたけど、みなさんのところはいかがでしたか
こっちは暖かかったなあ…どんくらい暖かかったというと、久々の脱ぎたて靴下の匂い判定によりますと

…な、なんだとぉ、そ、それは報告ミスじゃないのかっ、そうか、間違いないというんだな、よしわかった

…22℃だと申しております、はい

ところで最近、野鳥がやたらとピーチクパーチク鳴いてるのが、飴玉イヤー(耳)に聞こえてまいります

その音色というのが、なんとなくだけど、いつもと違う気がするな …なんつ~か、そこはかとなく、甘い

もしかして君たち、恋してるんじゃないですかい
(独断と偏見)そういえば昨日なんて、トビだかタカだか知らないけど、青空をバックに2羽がグルグル飛んでたなあ

上昇気流に乗っちゃって、上空高く羽を広げたままで優雅に旋回してるのを、羨ましげに見てました


一羽の方がピーピー鳴いててね、飴玉アイ(目)には、オスが愛をささやいてる風にしか見えなかったヨ

いいなあ、うらやましいな、大空のデート …ぼくもしてみたいなあ、なんて、ポッ


そんなこんなでここ沖永良部島にも、ようやく春がやってきたみたいです
(完全なる独断と偏見)そんでもってこの話、全くオチがありませんけど、何か問題でも
…しかもすべて妄想の可能性アリ
詩集「女に」より②
2008年03月06日/ ひとりごと
誕生
そのときも風が木々を渡ってきた
高利貸しは指に唾つけて紙幣を数えていた
動物園でセイウチが吠えていた
そのときも世界は得体の知れぬものだった
あなたが暗くなまぐさい産道を
よじれながら光のほうへ進んできたとき
こぶし
なんだったの?
ちいさなちいさなこぶしの中に
固く握りしめていたものは
決してなくすまいとしていたものは
それをあなたは投げつける
まっすぐ私に向かって いまも
なめる
見るだけでは嗅ぐだけでは
聞くだけではさわるだけでは足りない
なめてあなたは愛する
たとえば一本の折れ曲がった古釘が
この世にあることの秘密を
谷川俊太郎 1991
詩集「女に」より
2008年03月04日/ ひとりごと
ここ
どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかになっていく
……
砂に血を吸うにまかせ
死んでゆく兵士たちがいて
ここでこうして私たちは抱きあう
たとえ今めくるめく光に灼かれ
一瞬にして白骨になろうとも悔いはない
正義からこんなに遠く私たちは愛しあう
唇
笑いながら出来るなんて知らなかった
とあなたは言う
唇はとても忙しい
乳房と腿のあいだを行ったり来たり
その合間に言葉を発したりもするのだから
谷川俊太郎 1991
海に行った
2008年03月02日/ 日々の想い
今日は、本当に久しぶりに、「完全無欠」の晴れだった
週末に晴れたのは何か月ぶりかな、ちょっと記憶にないくらい
車の窓を全開にして、吸い寄せられるように海に行った
トレーナー1枚とジーンズで、ちょうどいいくらいの気温だった
砂浜に座って目を閉じると、おだやかな波と風の音が聞こえる
まぶたの裏が陽射しに透けて、黄色く見える
ゆっくりと呼吸すると、潮の香りが鼻を通ってゆく
トレーナーから日向の匂いがする
どれくらいの時間だったろう、目を開くと、驚くほど世界がクリアになった
さっきまで、少し曇ったメガネをかけてたみたいだったと、気づいた
「青空と太陽と海」 …これにかなうものを、ぼくは知らない
明日からまた忙しくなるんだろうけど、そんなことはどうでもよくなった





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