フローティングシェル
2008年02月29日/ やさしい哲学
今日は2月29日、4年に1回の幻のような日なので、ちょっと普段書かないようなことを書きますね

先日、宇宙飛行士が体験した「宇宙との一体感」の記事を書きましたが、みなさん憶えていますか

でもぼくたちは地球という「重力下」に住んでいるわけで、実際に宇宙空間へ行くってことは難しいです…

ところでこのブログでは、宇宙との一体感を阻む「壁」として、まずは「言語」があり、最終的には「肉体」があるということを、繰り返し伝えてきました

さて、写真の箱は「フローティングシェル」と言いまして、中には深さ25センチの、素っ裸で横たわると人体が浮かぶように調整された液体が入っています

水温も人体と同じ温度に調整されていて、フタを閉じると完全に真っ暗になり、一切の音を遮断します

ここに人間が入ると、いわゆる五感の感覚遮断状態になり、自己の肉体の感覚が失われます

そのとき、肉体から解き放たれた精神は… という装置なのですが、正直ぼくはあまり語りたくない

なぜなら人類はまだ、このような装置を扱えるとは、とても思えないからです

この結果得られた精神状態を「解釈」しようとすれば、人は簡単にスピリチュアル的なものに流されます

ハッキリと記しますが、宇宙との一体感を、言語で「再」解釈することは不可能だと、ぼくは思います

極論すれば、そんなものは死ねばわかるのであって、言語に差し戻すことは無意味だと思うのです

またこのような状態は、被暗示性が高まり、簡単にいうと「洗脳」されやすい精神状態になっています

実際、地下鉄事件を起こした某団体は、このような装置とLSDという薬物を用いていました

また、幻覚や幻聴、抑圧されていたトラウマに出会うなど、精神に異常をきたす可能性もあるでしょう

そして、幻覚や幻聴を、「神」などと呼び始める人も、必ず出てくると思われます

人間の脳は、ある状態に置かれると、幻覚や幻聴を経験するようにできているだけのことです

それにとらわれて、微少な情報処理装置である、言語で再解釈すれば、カルト宗教の出来上がりです

とここまでは脅すようなことを書きましたが、使いようによっては有用なのは、確かに事実でしょう

さて、ここでぼくがオススメしたいのが、真っ暗にしたお風呂で、ゆったりと湯船につかるという方法です

なんといってもこれならタダだし安全で、しかもかなりのリラクゼーション効果を得られることでしょう

同時に、トイレでいいアイディアが浮かぶのと似た感覚も得られる、という特典がつきます

フローティングシェルの環境は、いわば子宮内の赤ちゃんに近い状態だと思われます

そういえば小さい頃、悲しいことがあると布団の中に頭から潜って、不思議と落ち着いた記憶があります

そんなこんなで、ちょっと今日は、特別な記事を書いてみましたあ
密室ミステリー③
2008年02月26日/ 日々の想い
ついに昨晩、ヒトマルサンマル時、キッチンから「ガシャン」という音が鳴り響いたっ

ぼくは捜査本部で見ていたテレビを消し、すぐさま現場へ急行、やはりそこには宿命のライバルがいた

とりあえず、流し台から逃げないようにネズミの進行方向を塞いで、牽制しながら様子を見る

どうやるかというと、幼稚園児の「キラキラ星」の手の振り付けを、ネズミの目の前で実行するのである

ネズミは想定外の手の動きに右往左往するばかり
…しかし、予想以上にネズミの動きが速い
ぼくはおもむろに、そのへんにあったサイバシを手に取り、臨戦態勢に入った

血みどろの死闘を予感し、武者震いを覚える飴玉(ほろ酔い加減)であった…

そして今ここに、人類の存亡を賭けた、飴玉VSネズミの最終決戦の幕が開けるっ

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密室ミステリー②
2008年02月24日/ 日々の想い
はいっ、平日の午後3時になると、なぜか突如としてラジオ体操第一のミュージックが、島内全域に高らかに響き渡る、「それどうなのよ」沖永良部島よりお届けします

でも体操してる人は見当たらず、反応した犬の遠吠えだけが空しくコダマするのでしたあ、チャンチャン

ところで昨年12月、謎の「瞬間移動」で度肝を抜かれた、ネズミ捕獲作戦の失敗を憶えているだろうか

[参照]
http://candyball.ti-da.net/e1873191.htmlあれから2か月、全く大きくならず元気に暴れ回る子ネズミ達の、食糧補給路が発見されたのである


写真の流し台にある排水口にたまった、野菜などの切り屑を食べている姿を、昨晩深夜に目撃したのだ

しかもそれだけでなく、彼らは流し台から脱出するときに滑ってしまい、少し手間取ることも判明した


ぼくが発見したときは、ビックリして「いっぱいいっぱい」になり取り逃がしたが、ある作戦を発案した


それがこの写真の、流し台×ネズミ捕り×特売トリムネ肉の、新たな「スペシャル・トリオ」誕生なのだ

早速、ミッションの概要を説明しよう

彼らが流し台から脱出するときが捕獲の最大のチャンスなのだが、問題はいつ現れるかが不明なことだ

そこであえて、役に立たないネズミ捕りを流し台に設置する

そうすれば、ネズミは特売トリムネ肉を食べて、前回同様、小さな体でネズミ捕りをすり抜けるだろう


しかしその時、ネズミ捕りの扉が閉まる「ガシャン」という音が鳴り響く

ぼくがその音を聞き、流し台に向かえば、まだネズミは流し台の中にいるはずなのだ、計算上は…


そこを狙って、迅速に捕獲行動に入る…正に、「一網打尽」とはこのことである

完璧だ…恐ろしいほどに完璧な作戦だ…今晩、マルキュウマルマル時、本作戦は決行される

幸運を祈る
宇宙から見た地球
2008年02月22日/ やさしい哲学
先日NHKスペシャルで「ウェイクアップコール~宇宙飛行士が見つめた地球~」って番組が放送された

宇宙飛行士が聴いていた音楽とインタビュー、そして宇宙の映像で構成されたドキュメンタリー

これが予想以上に素晴らしくてね~、見てない人は再放送があったらぜひ見てほしいなあ、と思う

ちょっとインタビューの内容を書いてみるので、雰囲気だけでも感じてもらえれば、いいかな、うん

人間にとって重要なのは、自分が何の一部なのかを理解することです
あの日、宇宙から見たものが、とても大切に思えました
私はあの日感じたことを、誰かと共有したいと思いました
宇宙がどれほど広大で奥深く、そして私達の地球がどれほど貴重なのか
宇宙から、地球の様々な姿を見つめることができた
私は深く感謝したのです
宇宙から地球の姿を見つめるのは、とても大切なことです
驚きと美しさに満ちた地球
いつかあなたにも、宇宙から地球を見る機会が訪れますように
すべてへの畏怖と共に、ここにいる幸運に
…宇宙にて フランク・カルバートソン(ディスカバリー)
彼らがスペースシャトルの中で聴いてた曲っていうのも、なかなかよくてね

ルイス・アームストロングの「What A Wonderful World」とか、ジョン・レノンの「Imagine」とかね

そんでもって今度は、宇宙飛行士が地球に帰還する前日に、奥さんに送ったメールなんだけどね

この日僕は、はじめて宇宙を実感した
僕は生まれ変わったような気がする
とても素晴らしかった
自分を宇宙の一部と感じたんだ
星々と共に、僕も3次元の世界を漂っている
宇宙は果てしなく、深く、銀河は星くずのようだ
正に驚きの世界だ
愛している
明日は会えるね
イーラン・ラモン 16日目 コロンビアにて(翌日、着陸直前にシャトル爆発、死亡)
Ⅰ
果実と質問箱
2008年02月17日/ 日々の想い
以前に好評を頂きました「谷川俊太郎質問箱」ですが、元々は「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載コーナーだったってことは、すでにお伝えしましたよね

ところで、春休みに連載するための質問を、2月29日(金)の午前11時まで、募集しているそうです

もし採用されれば、天才詩人・谷川俊太郎さんが質問に答えてくれて、再び書籍化される予定です

ぼくも応募してみようと思いますが、よかったらみなさんもいかがですか

下記に応募方法が書かれてますし、過去の質問箱も読めますよ~

こちらからどうぞ
http://www.1101.com/shitsumonbako/index.htmlちなみに、この企画に対する谷川さんのコメントです

流通している決まり文句で、答えを導き出したくなることって、あるでしょ。
ぼくはそこに、ちょっと逆らってみたくもあってさ、だから、こんな答えになったのかもしれない。
詩人の目の世界の見せ方というのが、もしかしたらあるのかもしれないね。
人間の居かたって、socialとcosmic、つまり、社会的存在としての人間と、
宇宙的な存在としての人間ってのがあると思うし……。
このコメントは、当ブログでのぼくのスタンスと全く同じなので、掲載してきてよかったなあと思いました

そんでもって、なんとな~く、やさしく背中を押してくれるような、ね…

さてさて問題の焼きミカン事件ですが、本日、ミゾ掃除のお礼のタンカンで再びチャレンジを決行しました

「続きを読む」から緊迫のリポートをお届けいたしますっ
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DESTINY (BY 松任谷由美)
2008年02月14日/ 日々の想い
今日の3時から4時くらい、年に一回見られるかどうかってくらいの、完璧過ぎるアーチ型の虹が出たっ

どうしてな、のぉ~
きょおにかぎってぇ~
デージーカーメーをーわーすーれーてーきてぇたぁ~
はいっ、一日数度は一人気ままに散歩するワンコを見かける、「フリーダム沖永良部」よりお送りします

ワンコにバッタリ出くわすと、ウザそうにぼくの膝の上に乗り、口をペロペロなめて足早に去っていきます

ところで先日、ミカンを収穫した帰り道、近所のお年寄りが数人、集まっていたので軽く挨拶しました

するとみなさん、なぜかぼくを見て「ニヤリ」としたので、なんだかイヤな予感がしました

近頃、島では収穫時期を迎え、サトウキビを満載したトラックが、盛んに製糖工場に出入りしてます


ジャガイモの収穫時期にも重なって、農家のみなさんは活気づいてるみたいです

そのせいかは知りませんが、畑の土が側溝に流れ込み、詰まって困っちゃったというお話でした

そして、片隅にはすでにスコップが置いてある…なのに、誰もぼくになんとかしろとは言わない…

ぼくが何の気なしにスコップを手にした瞬間、お年寄りたちは間髪入れず無言で家に帰っていきました

…まあそんなわけで、せっかくの「さわやかホリデー」に、ぼくはミゾ掃除をするハメになったわけです

ブツブツ言いながら土を上げていたところ、気がつくと野鳥が数羽、ぼくの周りに集まってきていました

しかも全然逃げる気配がない…おおっ、鳥たちよ、そんなにぼくを愛してくれるのか…鳥さん、ありがとう

動物を愛する気持ちって、野生動物にも伝わるんだなあ…などと、一人しんみりしていました

もしかして「二代目ムツゴロウ」襲名の日も近いかも…な~んて、ぼくはすっかり上機嫌だったわけです

晴れやかな気持ちで土を掘り起こし、満面の笑みでミゾ掃除を続けていると…

きょお、わかぁったあ~
トリのもくてきぃ~
つーちーにーかーくーれーてーいーたーミミ~ズー
おあとがよろしいようで…それではまたお会いしましょう
果実と猫②
2008年02月12日/ 日々の想い
先日、お友達のブログを拝見しておりますと、なにやら「焼きミカン」というのを食べたとのこと

なんでも旨味が増して体にもよく、これは一石二鳥だってことで、、ぼくは思わず質問しました

「地元にオニ酸っぱいミカンがたわわに実ってるんだけど、これを焼いたら甘くなるのかなあ?」ってね

「そりゃあ、やってみないとわかんないワヨ、あなたが試してぜひ報告してネ」とのお返事でした

祝日の昨日、無意識のうちに粘土をコネていた手を止めて、取り急ぎミカンを収穫してきたわけです

この果実、見た目はミカンぽいですが、味は食えたもんじゃない…これぞ正に「だいだい色の悪魔」

早速、収穫したミカンをグリルにぶち込みまして、写真のように皮が真っ黒に焦げるまで焼きます

自分はよく遅刻するくせに、人に待たされるのは決して許さないぼくが、ここは辛抱強く待ちました…

そんなこんなで、これが出来上がりの図です…なにやら中身が若干、縮んでおりますぞよ

それではいよいよリポートに入りまして、手に取った果実をおそるおそる口に運んでみますと…

おおっ、嘘みたいに酸っぱさが消えて、非常にマイルドになり…
うんうん、それでいて、まるでオレンジのような食感…
そしてなおかつ、この味を一言で表現するなら… おにマズイ

以上、candyballのグルメリポートでしたあ
…マイ・さわやかホリデー・カンバァ~ック
それではみなさま、またお会いしましょう
イチローという男
2008年02月10日/ やさしい哲学
先日、「あしたの、喜多善男」の裏で録画した、「プロフェッショナル」でのイチローのインタビューを見た

毎回思うけど、この男はもはや野球人ではない…他の選手とは別次元で、ひとり修行しているのである

彼は10年以上同じバットを使っているそうだが、バット工場で最初に握ったときの直感で決めたという

そのバットというのが極限まで削り込まれた細いバットで、通常の野球ではありえないシロモノなのだ

普通バットというのは、俗にいう「シン」の部分があって、その範囲でボールを捉えるといい当たりが出る

しかしイチローのバットは細すぎて、ほとんど「シン」がないのである

それ以上に驚いたのが、イチローは決して自分のもの以外のバットに触れないのだという

他人のバットを握ると、その感触が手に残って、リアルに気持ち悪いというのだ

これを哲学的に解説すると、イチローにとってバットは「道具」ではなく、自分の「手」もしくは「腕」なのだ

バットを身体化することで、バットの先にまで神経を届かせ、操作性を最大限に高めているわけ
+
この感覚を、かつて「やさしい哲学」のメルロ=ポンティ編で解説したのを憶えているだろうか

[参照]
http://candyball.ti-da.net/e1718088.htmlイチローが「哲学」を学んだとは思えないから、彼は自らこの感覚を会得し、意識化していることになる

ちょっと女性には伝わりにくいかもしれないけど、これは本当に、驚くべきことなのだ

ちなみにこの感覚をさらに拡張して、極限まで広げることができたとき、「わたしは世界になる」というのが、本ブログの立場なのだが…


力士死亡問題を語る
2008年02月08日/ ひとりごと
メディアでは、いわゆる「エロカッコイイ」お方の謝罪がどうのと大騒ぎですが、構造的に以前語ったことと同じなのでスルーしまして…

とはいえ一言だけ言及すれば、いつからこの国の「言論の自由」は消えたのかと…以上です、はい

今回は旬なので、力士死亡問題を語ってみようと思います

まず「死亡してしまった」という事実に関しては、正当な手続きで裁かれるべきなのは言うまでもない

ところで相撲界という所は、地方の「かなりヤンチャで体の大きい坊や」が集まってきている

社会をうまく生きられない人たちの「受け皿」になっているという一面があることを忘れてはならない

そこでは絶対的な上下関係と規律が求められることになり、逃げだそうとする者が出るのも当然だ

一種の洗脳的な空間の中で、社会的な作法を身に着け、引退後に平穏な生活を送ることが影の目的だ

かつて戸塚ヨットスクールという事実上の少年矯正施設があったが、あれと同じと考えて構わないと思う

こちらも死亡事故を起こして闇に葬られてしまったが、社会復帰を果たした人はかなりいたはずだ

このような「受け皿」というのを残しておかないと、社会がうまく回らないことを知るのは大切だと思う

わかりやすい例をあげると「ヤクザ」の存在があるが、あれは紛れもなく必要悪であった

昔は暴力団と警察が、裏で法律よりも緩やかな関係で結ばれて、そこで安定が保たれていた

過度に民間に介入した場合や、裏社会のルールさえ逸脱した場合のみ、警察が介入していたわけだ

ところが昨今の取り締まり強化により、風俗店同様いわゆる「シノギ」ができなくなってきている

昔は銭湯でイレズミの人との語らいもあったが、今はサウナにも出入りできない状況にしてしまった

暴力団は届け出外の国内の拳銃すべてを管理していたが、現在はどこに流れたか不明になった

風俗店は店舗形式が減って地下に潜り、「デリバリー」形式が増加している

その結果、一人で現場に出向くことになる女性の危険性はかなり高まっているのである

彼女たちは重度の身障者などの性欲を受け止めてくれる、女神のような存在でもあったのに…

誤解のないように言っておくが、若い男性にとって性欲とは、孫悟空の頭のワッカみたいなものなのだ

法律を含めた社会で、そこからはみ出した人を排除する動きは、結果的にその構成員の首を絞める

社会が人によって作られたものである以上、社会を生きられない人間は必ず一定数存在するのだ
ぼくより
2008年02月06日/ 日々の想い
はいっ、雨上がりに新緑の若葉をつたう大粒の水滴が落ちる瞬間に、葉っぱが「ぷるん」と揺れるのが大好きなぼくです、どもっ

ところで最近更新が滞っておりますが、当ブログを開く度に、もはや見慣れた「りんご」の画像が出て若干テンションが下がったみなさま、誠に申し訳ございません

正直なところ、ちょっと私生活の方が忙しくなってきていて、なかなかブログを更新できない状況です

いやむしろ、そのことで記事の質を落としたくないというほうが、より正確な表現でしょうか…

こういうときに、そっとブログをのぞいて下さる方々こそが愛読者なんだろうな、と勝手に考えています

本当に、本当に、ありがとうございます

今後につきましては、不定期ながら週3回ペースで、祭日があれば週4回ペースでの更新が目標です

これ以上はちょっと無理じゃないかな、現状では…

そんなわけで、飴玉ファンにはいままで通りのお楽しみを、そうでない方にも暇つぶしくらいにはなるであろう記事を、リンク先も含めて完全無料でお届けしていく所存です

これまで同様、温かい目で見守っていただけると、ぼくはうれしいです

あらためまして今後とも、当ブログ「青ぞらのはてのはて」を、よろしくお願いいたします

…ぼくより





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