あくび
2007年09月30日/ 日々の想い
ぼくは四十きみは十
としは少しはなれているけど
おんなじ時代のおんなじ国に
ぐうぜんいっしょに生きている
ぼくは四十きみは十
ならった教科書は少しちがうが
むかしもいまも地球はまわって
朝がくればおはようなのさ
大臣がなんどかわろうが
うそつきはやっぱりいやだな
子犬はやっぱりかわいいな
やがてきみは四十ぼくは七十
その時も空が青いといいんだが
いっしょにあくびができるように
谷川俊太郎1983
ムコ多糖症支援ネットワーク
http://muconet.jp/
生きる
2007年09月29日/ 日々の想い
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うこと
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えているということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたのてのぬくみ
いのちということ
谷川俊太郎
ムコ多糖症支援ネットワーク
http://muconet.jp/
「女性」を語る②
2007年09月28日/ ひとりごと
「女性」とは何か?…これは、永遠の謎といってもいいと思う

ちなみに辞書にはこう書いてあるじょ

「人間の性別の一つで、子を産みうる身体の構造になっている方。男でない人。女子。女性。婦人。」
…あ、そうですか、それで?って感じだよね~

実は、男性と女性の違いは、幼児期に決定的に分岐します


ところが、ぼくが7月に書いた「やさしい哲学ラカン編」では、その分岐を省略し、男性の場合(特に後半)しか書いてません
〈参照〉http://candyball.ti-da.net/d2007-07html父親が登場し、幼児は母子密着から切り離され、その後に男性は父親を模倣し、「自己」に意味を求めるようになります

しかしそのとき、同様に女性は母親に対する「断念」を持ちますが、その後は「自己」の意味を父親に肩代わりさせます

つまり、女性は「自己」を自ら直接的に作るのではなく、他者との「関係性」の中から、間接的に「自己」を確認していくことになるんだね

そして、社会を形成しているのは「意味」だから、社会はどうしても男性原理が優位になっっちゃう

しかしその分女性には、社会の外部、すなわち「世界」との親和性が温存されます

ですから男性は「世界の象徴である」女性に対し、「許し」や「受容」を求め続けることになるのです

そして女性は「主体の象徴である」男性に対して「意味」ではなく、「理解」を求め続けることになります

女性は自らが「世界」から承認されていることを、体感として無意識に認識しています

その代償として、自己が拡散していく不安を、他者や子供との関係に託すことで、社会的存在となる

つまり男性は、理解しなくてもいいから許してくれ~(笑)と、勝手なことを言っているわけです

女性は、ごちゃごちゃ言わずに黙って聞いてよ(怒)、と言っています

あ~、悲しき運命(サダメ)よ…

ところで、女性が「永遠の謎」になっちゃうのは、その都度の環境も含めた「関係性」から「主体」を導き出すためなんだね

男性に比べて「主体」の濃度が薄いから、自分でも自分がよくわからない、ましてや他の女性のこともよくわからん、ちゅうことです

男性は言語を「意味の追求」に使うけれど、女性は「関係性」を繋ぐ道具としてつかうのです

もちろん、これには個人差もあります


だけれども、女性の中でリーダーシップを取るのは、どこか男性的な資質を持ったひとであることは否定できないでしょう

そしてこのタイプの女性は、既婚者でも姉さん女房だったり、自由な生活を望む傾向を持つでしょう

もちろんこれはこれで、オールOKであることは、いうまでもありません

ちなみに男女問わず、「主体」とは捏造されたものである、というのが「やさしい哲学」の立場ですので、あしからず

う~ん…面白かった…かなあ

続きを書くかは反響を見てから決めますね~
「女性」を語る
2007年09月27日/ ひとりごと
ちょっと小耳にはさんだんだけど、最近の小学校では男女問わず、名前に「さん」を付けて呼び合うように教えているそうな

例えば名前が「イチロー」なら、「イチローさん」って呼ぶんだって…まるで「しずかちゃん」みたいだね~

ついでに名簿類も、アイウエオ順だけど男女は混ぜちゃうんだそうです

このあたりのセンスって、どこから生まれてくるんだろう…なんて、思わず考え込んじゃったよ、ぼく

いや待てよ、てことは「ぼく」っていうのもアウト?もしかして…

論理的にはそうなるけど、これは未確認だし、そこまではしてないと思いたいなあ

ところで夏休みのあいだ、「やさしい哲学」っていうのをこのブログで書いてきたんだけど、正直なところ、男性側からのアプローチでしか書かれていない感は否めませんです、はい

だから、女性で読んでくれていたひとは、いないんじゃないかと思ってます

最近は女性の方もいっぱいコメントを入れてくれる(ありがとねっ!)ようになったので、精神分析学的な観点から「女性」を語ってみようと思います

男性にとって女性は「永遠の謎」なんだけど、実は、女性にとっても女性は「永遠の謎」じゃないかな~

女性は男性ほど単純じゃないけど、精神分析学はそこに挑戦し、整合性のある説明を見いだしています

だけど上記のような、教育委員会や学校にクレームを入れるようなタイプの「男女平等論」を唱えている方は、ご遠慮願います

すみません…

それでは、次回から書いてみま~す
ガンプラ製作完成
2007年09月26日/ 日々の想い
「ぉっ、おかあ、さんに、しっしかられ、たあ…
」こんなポーズがとれるなんて、可動域がスゴイなあ~

昔のガンプラは、基本「気をつけ」の姿勢だったものじゃったが…

しかもむかしは色も、全体で一色だったと思うけど…

「シャキ~ンッ
ぼく、どう
」このアッガイ、赤ちゃん体型で、ひそかに女性に人気があるらしいじょ~

か~わ~い~い~

足の裏まで丁寧に作り込んであるじょ~

この水中推進用のスクリューは、手動で回転するよ~

スゴイこだわりじゃ~

しかしアニメで足の裏なんて映っとったじゃろうか…
屋子母ビーチ
2007年09月25日/ 日々の想い
しつこいようですが、モンパチも泳いだ屋子母ビーチです

このビーチの波の音は、なんともいえず、おだやかな気持ちにさせてくれます

漂流物を身にまとったヤドカリくんたち

ビーチで見るとかなり違和感アリです
モンパチも泳いだじょ~
2007年09月24日/ 日々の想い
モンパチのメンバーの皆さんも、先のトロピカルツアーの際に立ち寄られた、屋子母ビーチです

NHKのドキュメンタリーでは、こどものようにはしゃぐ姿が印象的でした~

ところで写真の石碑の文字の上に、地図のようなものがありますが…

このかたち、どうみても沖永良部島のものではありません…

どっちかっつ~と、沖縄本島をテキトーに書いたように見えるのは…ぼくだけ

ちなみにここは一応、鹿児島県でごわす

それともただのシミなんでしょうか…

謎は深まるばかりです…

離島の映画事情
2007年09月23日/ ひとりごと
昨日は、フローラル館にて「ポケモン」と「西遊記」の映画上映がありました
ぼく自身は見にいっていないので、多少無責任な言い草になるけど、書き進めます
「西遊記」を見にいったひとに聞いたところによると、劇場の入りは半分以下だったそうです…
正直これはちょっとさみしい…
だけど、宣伝が圧倒的に足りないため、上映していること自体を知らないひとが多いんじゃないかなあ
夏休みには、「西遊記」が見たいなあ、なんて声も聞かれていましたが…
ちなみにぼくは、前日の新聞広告で知りました
奄美大島の「シネマ・パニック」さんが、月に一回程度、徳之島とここ沖永良部島に来てくださっています
だけれども、コスト的にはかなり厳しいはず
宣伝にお金はかけられないのでしょう
実際は奄美大島での経営自体も、楽なものではないんじゃないかな…なんてことも考えます
ぼくたち小さな離島の住民にとって、たとえ2か月遅れであっても、映画が見れるってことは素晴らしいことだ、と思います
特にこどもたちにとっては…
それに、たとえデパートがなくても、「情報」だけは持っているべきだと、ぼくは強く感じます
最近はインターネットが普及しているので、かなり改善されていますが…
この状況をなんとかしたいなあ…と思います
間違っても、島民は映画を見るべきだ、と言っているわけではありません
端的に、映画を見たいと思うひとが、映画を見られるようにするには、どうすればいいのか
ぼく自身、すこし考えてみたいと思います
PCの調子が悪いので、殴り書きのようになってしまいました…すみません
この記事を読んでいただいた方にも、一緒に考えていただけたらうれしいです
ガンプラ製作速報2
2007年09月21日/ 日々の想い
ミサイル発射っ……シュバシュバッ……ドッカ~ンッ

え、え~っと、先日作り始めましたアッガイですが、地道な作業の甲斐あって、両腕まで完成しましたあ

ここで注意…アッガイは水陸両用モビルスーツなので、写真は水中での戦いをイメージしてくださいね

ちなみにアニメでは、シャア(しつこいようだがシャーではない)専用ズゴックと一緒に出撃しました

だけどガンダムによって一撃で仕留められるという、悲しい運命でございました…

それ以来、2度と登場することはありません…

しかも、せっかくモビルスーツで敵の本拠地(ジャブロー)に侵入したにもかかわらず…

パイロットはわざわざ降りて、人力でせっせと時限爆弾を仕掛け…

再びモビルスーツに乗って、こっそりと脱出しようとしたところを見つかって、撃破されました…

ついでに時限爆弾も、爆発前に発見されちゃった~

し、しどい、しどすぎるわあああ~、あんまりだわあああ~

えいしゃらああああ~っ
いぬとひとの足跡
2007年09月20日/ 日々の想い
夕暮れどき…
ここんとこ3日連続、バイクで走るとドシャ降りのにわか雨…
自然とのシンクロ率の低さに凹んでいたある日のこと
とあるビーチで夕陽が沈むのを待っていたわけです
久しぶりの青空をながめていると、意味もなく鼻の奥がツ~ン…
や、やばい…(こころの声)
さらに目がしらがジ~ン…
な、なんでっ…(こころの叫び)
そんなとき、ご主人さまとビーチを散歩していた1匹のわんこ…
ぼくのところに駆け寄ってきて、ペロペロなめてくれました
ご主人さまに呼ばれても、ペロペロペロペロなめてくれました…
とうとうわんこは、だっこされ、連れていかれました
ぼくとご主人さまは、ぎこちない笑みを交わしました
波と風の音だけが、残されました
夕陽がゆっくりと、沈んでいきます
谷川俊太郎さん
2007年09月19日/ 人物
昨日紹介した詩は、詩人・谷川俊太郎さんのものです

現在もご存命(75歳)なので、敬称をつけておきます

昔から教科書に掲載されてますから、歴史上の人物だと思ってる方もいらっしゃるかもしれませんね

「朝のリレー」なんて、今でも載ってるのかな…「カムカチャツカの若者が~」ってやつです

ちなみにアニメ「鉄腕アトム」の主題歌は、谷川俊太郎さんの作詞です

あと、「月火水木金土日のうた」もそう

でも実は現在も、身近なところで谷川俊太郎さんに出会っているんです

映画「ハウルの動く城」の主題歌の作詞もしてます

日本生命のCMでナレーションされている「愛する人のために」もそうです

このCM…ぼくも聞き流してましたけど、よく聞くとスゴイんだなあ

「お金」の本質を、短い文章でズバリ表現しています

もしよかったら、下記から視聴可能です(当然ながら無料だじょ)

http://www.nissay.co.jp/kojin/present/cm/train/index.html
ぼくは別に日本生命の関係者ではありませんので、あしからず

このおじいさん(失礼)、Tシャツなんかにもこだわりを持ってて、今もとってもオシャレなんだな

1952年に詩集「二十億光年の孤独」を刊行以来、第一線で活躍し続けています

お父さんは哲学者で法政大学学長の谷川徹三、息子さんは音楽家の谷川賢作さんです

ちなみに三度結婚して、三度離婚しておられます

そんなことはどうでもいいんだけど、とにかく魅力的なひとです

確認したわけじゃないけど、興味をお持ちなら図書館でも閲覧できると思います

こども向けの詩や絵本もありますよ~

いるか
いるかいるか いないかいるか
いないいないいるか いついるいるか
よるならいるか またきてみるか
いるかいないか いないかいるか
いるいるいるか いっぱいいるか
ねているいるか ゆめみているか
六十二のソネット
2007年09月18日/ やさしい哲学
62
世界が私を愛してくれるので
(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる
私に始めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかりを聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから
空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために
……私はひとを呼ぶ
すると世界がふり向く
そして私がいなくなる
谷川俊太郎 1953
ガンプラ製作速報
2007年09月17日/ 日々の想い
本日お昼頃から制作し始めましたが、ようやく頭部と胴体まで完成しましたっ

いや~、チョ~久しぶりのガンプラですが、最近のプラモデルはスゴイですねえ

見えないところまで、しっかりとリアルに作ってあります

玩具メーカーのバンダイさん、ガンダムに対する強い愛情を感じます

ガンプラブームって、1980年代だったと思いますけど、絶え間ない進化を今も続けています

う~ん…頭が下がります

ぼくたちも見習いたいものですね…ブラボ~ッ

ガンプラを作る
2007年09月17日/ 日々の想い
最近の天候不順に業を煮やし、ついに長らく押入れにしまわれておりました、ガンプラを取り出しました

ガンダムといえば、シャア(間違ってもシャーではない)専用ザクなんかが有名ですが…

ガンダム通を自称する者として、あえてアッガイを購入しました

ちなみに赤いものを見たら、誰かまわず「シャア専用だね」と、会心の笑みを浮かべながら発言するのが、ガンダム通でごわす

怪訝な顔をする女性にも、決して容赦はしません(あっ、引かないで)

写真のアッガイ、たしか本編では1回しか登場しなかったにも関わらず、意外と知名度が高いらしいッス

あまりガンダムを知らない女性でも、なぜかアッガイという名称だけは知ってる、という法則があるみたい

なかなかプラモデルが手に入りにくい沖永良部島ですが、ときおり意外なところで販売しているのには驚かせられます

この前は、スーパーの野菜の棚の上に陳列されておりました…

暮らしのデパート伊集院ではなぜか、逆に超ウルトラマニアックな新商品がポツンと入荷しております…

沖永良部の七不思議のひとつと呼ばれています(ウソだじょ)

まあ、そんなわけで、早速「アムロ、行きま~す」

※注 プラモデル作りますの意
ダンス・ナンバー
2007年09月16日/ 日々の想い
ダンス・ナンバーで 踊り続けよう
くだらない事は たくさんあるけど
誰かが決めた ステップなんて
関係ないんだ デタラメでいいよ
カッコ悪くたっていいよ
そんな事問題じゃない
君の事笑う奴は
トーフにぶつかって 死んじまえ
THE BLUE HEARTS 1987
ダイエットを語る④
2007年09月14日/ ひとりごと


ダイエットとは何か、意識的なアプローチ、無意識的なアプローチと進めてきたつもりです

ところで、意識や無意識を極限まで突き詰めていくと、
「催眠」や「洗脳」にたどり着いちゃいます

人間は生まれたときから、ある種の洗脳にさらされているんだね、これが

まずは、(良し悪しは別にして)親の価値観による影響は圧倒的

発達心理学の研究によれば、成人後の無意識に下す判断の8割から9割が、親のモノマネである、というデータがあるほどなんじゃ

そのような観点からダイエットを考えると、「理想的なプロポーション」とは、一体どこから導かれたものなんだろう…

ほんとうに一個人が、自律的に考えたものなのか、と今一度自らに問うことは、無駄ではないと思うなあ

もし誰かが「そんなのカンケーねえ~」といったのなら、映画「マトリックス」で主人公たちを売り飛ばした裏切り者と、同じ道を歩むことになるじょ

この世界のシステムは、経済原理に従って欲望を喚起し大衆を巻き込んでいくものか、もしくは宗教原理(伝統)に従って大衆を統制していくものかの2通り

グルメ番組とダイエット番組は欠かさない、というあなた、ズバリ作戦通りハマってるじょ~

絶対に破れない靴下(ストッキング)を作ることは、技術的に可能なんだって

だけど作らない、なぜなら売れなくなるから

つまり、半永久的にダイエットしていただかないと困るのが、資本主義経済

もちろん、客観的な視点を経由して、どのような価値観を選択しようと、それは自由だよね~

だけれども、ある価値観を無意識に鵜呑みにし、さらに他者(子供など)を洗脳していくのなら、(極論すれば)戦争がなくなるはずないっしょ

ほんとうに自分らしく生きるってどういうことなんだろう、と自らに問い続けることは、大袈裟じゃなくて、世界を変える力を持つんだと思う、うん

詳しくは過去記事の「やさしい哲学」に譲るじょ

台風も接近中なことだし、もしよろしければ、お暇なときにどうぞ

それではこれで、「ダイエットを語る」を終わります

もしかしたら今度、いま流行りの「スピリチュアル」や「占い」を語る日もあるかもね~

あっ…これはひとりごとだから、盗み聞きしないでほしいじょっ
意外とカワイイ?
2007年09月13日/ 日々の想い
この写真、いわゆるひとつの、ただのネズミです

夜ごと犯行を繰り返しておりましたが、ついに昨晩、緊急逮捕に至ったわけです

マル被(被疑者)確保に向けた、トリ胸肉(Aコープ特売品)による地道なオトリ捜査が、ようやく巧を奏したかたちです

毎晩のように、ひとり世界陸上を開催し、ドタバタガチャガチャと大暴れ

逮捕の暁には、「月にかわってお仕置きよ」、と考えておりましたが…

恐るおそるネズミ捕り(BY暮らしのデパート伊集院)の中をのぞき込んでみると…

意外にマイ・スウィート・エンジェルだったわけです

クリクリおめめでぼくを見つめ、ひとり隅っこで震えておりました

ぼくは彼女(未確認情報)に言いました

「心配いらないぜハニー、ぼくと君はこれから、別々の道を歩んでいくのさ…」
彼女(未確認情報)はポカ~ンとしておりましたが、自分の中では伝わったことにしておきました

最近は屋根裏から鳥の鳴き声がするし、庭でイタチを見たような気がします

誰かなんとかしてください

おまえらよ~く聞け、言っとくけど、ここはぼくんちだじょっ
ダイエットを語る③
2007年09月12日/ ひとりごと

今回も、ひとりごとの続きだじょ

ちなみに上の写真は「うしさん」なのでお間違いなく

太ったのなんのって大騒ぎしちゃうけど、実際のところ意識的に太ったひとはいないんで…

結局のところ、「無意識」というところに目を向けざるをえない、っちゅうことです

じぶんにとって最大の「友」であり、最大の「敵」であるところの「無意識」…

これをコントロールすることが、じぶんをコントロールすることと同義である、といっても差し支えないんじゃないかな、とぼくは思ってます、正直

特に女性にとって脂肪を蓄えることは、DNAに書き込まれちゃってる情報です

これは、男性が狩りに出て帰ってくるまでのあいだ、女性は待っていなければならず、わずかに蓄えられた食料は子供が優先して食べるという、原始時代の名残りです

しかし現代の日本においては、ホームレスであっても餓死することは困難でしょう…

さて、「無意識」とは何か

大まかにいえば、意識できることは「言語化」された情報ですから、無意識とは「イメージ」です

わたしたちが何もしなくても、無意識はイメージを作り続け、わたしたちの意識(言語や感情)に介入し続けています

これは、良くいえば「個性」だけど、悪くいえば「三つ子の魂百まで」

実際、日常生活の大半は無意識に行われています

これを、「意識」の側から「無意識」をコントロールしようとすることが、「ダイエット」

最初に書いたように、ホメオスタシス(恒常性)は、身体から無意識までをトータルに制御していますから、非常に強固です

意志の力だけで強引に捻じ曲げれば、(やせても)どこかおかしくなっちゃう

はっきりいって、そんな芸能人やモデルは、テンコ盛りだじょ~

無意識と意識を合致させることがキーになります

無意識は言語を持たないので、「説得」には決して応じません

あくまで言語に付随した「イメージ」を共有することで、無意識への介入が可能になるのです

だから、言葉のうえでの「太る」と「太らない」は、イメージの中では同じ「太っている」になっちゃう

でも、「太る」と「やせる」は、イメージでは「太っている」と「やせている」に対応します

無意識は言語を持たないので、否定語は理解不能~

また、無意識には時間概念がなく、あるのは「現在」だけ

つまり、「やせようとする」ことは、現在「やせていない」ことを意味します

ここも、「どんどんやせていっている」や「すでにやせてしまった」とイメージ

つまり、ダイエットを始めたら、ダイエットを忘れなければならないのです

ダイエットをしているひとは、やせてはいないのですから…

現在、すでに、やせてしまっているイメージを持ち続けること、これが大切だじょ~

もうひとつ…(太ることに対する)恐怖心や強迫観念があるようなら、ダイエットは中止すべきです

ホメオスタシスは生きるための反応ですから、そのような感情(イメージ)は「太ること」を強化します

むしろ、なにもしない方が効果的かも…

う~ん…ながっ…終わらんっ…

今度こそ、次回で最終回だじょ~
光と海…そして虹
ダイエットを語る②
2007年09月10日/ ひとりごと
今回も、ひとりごとの続きです

(本気と書いてマジな)ダイエットで最も安全なのは、やっぱビリーズブートキャンプ系やウォーキング系の脂肪燃焼型だと思います

なんでかっていうと、(肉体は別として)こころに掛かる負荷が小さいから

じぶんのやっていることを自覚できるってことが、とっても大事なんです

食事制限は、「意識」と「無意識」の矛盾が生まれやすいので、精神的に不安定になりやすいです

ぶっちゃけていえば、太った原因を「食べ過ぎ」だと短絡的に考えている時点で、ダイエットは失敗なんだじょ~

そんなこと、本当は、ガッテン承知で食べてきたんだもんね…

たとえば、本当の原因は、「さびしい」だけなのかもしれません…

食べ(過ぎ)ることによって埋め合わせている部分…そこを認識できなければ、こころは引き裂かれてしまいます

現在の「わたし」を成立させているものには、「食べ過ぎること」が、既に、内包されてしまっています

それによって、保たれている「こころのバランス」というものが、確実にあるんだってこと…

だから単純に、それを物理的に排除するってことは、とっても危険だと思う

それ以前に、先送りにしている問題に対処するってことだよね

それと、どうしようもないことは問題じゃないし、悩む必要もない、ってことも同じくらい大切

ここまでを踏まえて、それでもなおダイエットに挑むのであれば、純粋な欲求といってよいと思います

次に、何のためのダイエットなのかを明確にしなければなりません

ダイエットが達成されたとき、「わたしは何を得るのか」

ここでも、キレイ事とか、流行ってるとか、じぶんにウソついちゃ~ダメダメだじょ

そんなものは本当の欲望ではないことを、わたしたちのこころはお見通しでいっ

「本能」を飼いならそうとしているのだから、じぶんに対する誠実さはチョ~大切

じぶんだって、ウソツキのいうことは聞かないっしょ

人間らしい欲望の原点は、「オリジナルなじぶん」が愛されること…じゃないかなあ…

想像しただけで、ニヤッとしちゃうくらいのことを、ゲットするのだっ

そうなれば、目標に向かう過程さえ、「よろこび」に変わるはずっ

では、ここまでで、意識的なアプローチは終了~

次回は、最も重要な、「無意識」に対するアプローチについてのひとりごとだじょ~




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