谷川俊太郎さん
2007年09月19日/ 人物
昨日紹介した詩は、詩人・谷川俊太郎さんのものです

現在もご存命(75歳)なので、敬称をつけておきます

昔から教科書に掲載されてますから、歴史上の人物だと思ってる方もいらっしゃるかもしれませんね

「朝のリレー」なんて、今でも載ってるのかな…「カムカチャツカの若者が~」ってやつです

ちなみにアニメ「鉄腕アトム」の主題歌は、谷川俊太郎さんの作詞です

あと、「月火水木金土日のうた」もそう

でも実は現在も、身近なところで谷川俊太郎さんに出会っているんです

映画「ハウルの動く城」の主題歌の作詞もしてます

日本生命のCMでナレーションされている「愛する人のために」もそうです

このCM…ぼくも聞き流してましたけど、よく聞くとスゴイんだなあ

「お金」の本質を、短い文章でズバリ表現しています

もしよかったら、下記から視聴可能です(当然ながら無料だじょ)

http://www.nissay.co.jp/kojin/present/cm/train/index.html
ぼくは別に日本生命の関係者ではありませんので、あしからず

このおじいさん(失礼)、Tシャツなんかにもこだわりを持ってて、今もとってもオシャレなんだな

1952年に詩集「二十億光年の孤独」を刊行以来、第一線で活躍し続けています

お父さんは哲学者で法政大学学長の谷川徹三、息子さんは音楽家の谷川賢作さんです

ちなみに三度結婚して、三度離婚しておられます

そんなことはどうでもいいんだけど、とにかく魅力的なひとです

確認したわけじゃないけど、興味をお持ちなら図書館でも閲覧できると思います

こども向けの詩や絵本もありますよ~

いるか
いるかいるか いないかいるか
いないいないいるか いついるいるか
よるならいるか またきてみるか
いるかいないか いないかいるか
いるいるいるか いっぱいいるか
ねているいるか ゆめみているか
メルロ=ポンティについて(人物)
2007年08月28日/ 人物
ぼくは、これから始まる「メルロ=ポンティ編」をとおして、どうしても伝えたいことがあります

たとえ伝わらなかったとしても、どうしても伝えたいことがあります

みなさんへの、つたないラブレターのつもりで書いてみます

どうか、最後まで読んでみてください

それに先立って、今回はメルロ=ポンティを紹介します

モーリス・メルロ=ポンティ(1908~1961年)
フランスの哲学者で、フッサール、ハイデガーによる現象学を継承し、新しい存在論の構築を試みました。
その哲学は、身体性や知覚にさかのぼり、自己と対象の認識を、限界まで掘り下げました。
従来の「言語が習得されている」次元からの哲学に、厳しい指摘をしたといえます。
多くの哲学を超える試みがみられ、異文化理解や芸術、看護学などにも、大きな影響を与えました。
主著「知覚の現象学」を経て、大著「見えるものと見えないもの」を執筆中に冠状動脈血栓のため、自宅で急逝しました。
その死によって中断してしまった「見えるものと見えないもの」ですが、草稿は残されていました

そのメモや下書きには、決定的に重要な記述が残されていたのです

それでは次回から、「メルロ=ポンティ編」をはじめます
ハイデガーについて(人物)
2007年08月27日/ 人物
今回は、ハイデガーを紹介しようと思います

マルティン・ハイデガー(1889~1976年)
ドイツの哲学者で、20世紀最大、また難解な思想家として有名です。
ハイデガーの哲学とは、「存在論」につきます。
主著「存在と時間」において、存在という単純かつ壮大な問いを、徹底的に解明しようと試みました。
その難解な主張は、初期ナチスドイツ(ヒトラー)の曲解を受けて、政治利用されてしまいます。
ハイデガー自身も当初は協力的な姿勢を示したため、第2次世界大戦後には公職を追放されました(後に復帰)。
しかし現在にいたるまで、少なからぬユダヤ系思想家がハイデガーの思想に共感を示し、その重要性を認めています。
ナチスとの決別後は、過去の哲学の再解釈や、芸術論を展開しました。
哲学のみならず幅広い分野に、今なお多大な影響力を持ち続けています。
ハイデガーの著書は…ハッキリ言って理解不能です

あえて言えば…拷問です

しかし近年でてきた文書によれば、あえて難解な記述をすることによって、読者の自発的な思考を促したことを示唆しているそうです

確かにぼくも、自分で考えることを放棄して、何らかの思想をうのみにすることは、極めて危険なことだと思います

このブログ(やさしい哲学)を通して、読んでくれたひとと、一緒に考えていけたらいいなって思ってます
ニーチェについて(人物)
2007年08月12日/ 人物
今回は、ニーチェを紹介しようと思います

フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)
ドイツの哲学者(古典文献学者)で、キリスト教および民主主義的倫理を、弱者の奴隷道徳として痛烈に批判し、善悪および権力を超えた、純粋かつ自律的な道徳によってのみ生きる必要性を説いた。
その具現者を「超人」と呼び、「神の死」後のニヒリズムを超越し、根源的な世界の受容に至るとした。
実存主義哲学の先駆者として、現代哲学に多大な影響を与えた。
87年から88年にかけて、驚くべき速さでそれぞれ相当な集中力を要するであろう6冊の著書を執筆し、翌1889年1月3日、北イタリアの道路で一頭の馬が激しく鞭打たれるのを見て、その馬をかばって抱きしめ大声で泣いた。
それから彼は、狂気の人となった。
以後10年あまりを精神病者として過ごし、そのまま生涯を終えた。
正直なところニーチェは、その激しすぎる思想と生涯から、「狂気の哲学者」として揶揄されることも多いです

だけれども、ぼく個人の見解としては、たとえばどのような条件的な不利があろうと、好きなひとに告白することをためらってはいけないというような、
つまり、純粋な欲望に忠実であることが「個人」の尊厳を守り、結果にかかわらず人間的な成長を促し、曇りのない目で「世界」をあるがままに見ることにつながるのだ、という主張だと考えています

ここで注意しなければならないことは、忠実であるものが決して嘘や不純なものであってはならない、ということです

ただし、よく考えてみればごく当たり前のことでありながら、それが「社会」の中ではかなりの困難を伴うことも、暗に示唆しているように思えます
カントについて(人物)
2007年08月03日/ 人物
※注 前回の記事は、神に対する論理と証明の不可能性について言及いたしました。
神の「信仰」に対する否定ではないことを、誤解のないように記しておきます。
もしも不快な思いをされた方がいらっしゃったとするならば、率直にお詫び申し上げます。
今日は、前回の続きを書くつもりでしたが、正直なところ、思いっきり書きあぐねました…

ギッ…ギブアップです…

そこで今回は、カントについて紹介しようと思います

イマヌエル・カント(1724~1804年)
東プロイセン(現在のロシア共和国)の哲学者で、人間の認識によって知りうるものと知りえないものを明確に定義した「純粋理性批判」以下の3冊の批判書を発表しました。
従来人間の外部の事象、物体について分析を加えるものであった哲学を、人間それ自身の探求に向けた「コペルニクス的転回」は有名です。
晩年は、保守化を強めた国の宗教政策により著書が発禁処分を受け、以後はキリスト教について触れないことを誓約させられています。
近代において最も影響力の大きな哲学者のひとりです。
私生活はクソ真面目だったらしく、とりわけ時間に対しては厳格だったそうです

あまりにも規則正しい生活ぶりに、近所の人たちはカントの行動を見て、時計代わりにしていたそうです

そのおかげか、当時としては大往生ともいえる約80年の生涯を、老衰で終えています
ラカンについて(人物)
2007年07月28日/ 人物
これまでラカンについて書き進めてきましたが、今日はひとやすみして、遅ればせながらラカンそのひとを紹介しようと思います

ジャック・ラカン(1901~1981年)
フランスの精神分析学者で、フロイトの思想を応用し、独自の理論を展開しました。
ちなみにフロイトは、精神分析を発明した人で、無意識や潜在意識を発見したことで有名です。
ラカンの思想は精神分析学にとどまらず、現在にいたるまで、哲学・言語学・文学等に多大な影響を与え続けています。
ぼくの個人的な見解としては、誰もが避けられない人間の「宿命」を、ハッキリと理論的に表したひとだと考えています

ですから哲学のみならず、日々を生きていくうえでも、できれば前提として踏まえておきたいなあ、なんて思います





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